『ミカド』初演について

以下は共同研究者のサミュエル・ライター先生の依頼により調べてわかったことである。また、ライター先生に教えてもらったことも多くあるので、これは私のオリジナルのリサーチではないことを断っておく。

『ミカド』日本初演は一九四八年一月二十九日、日比谷公会堂である。三日間の公演で同月三十一日まで行った。

『読売新聞』一九四八年一月一日付、十一日付、十四日付、十五日付の紙面に同公演の宣伝が載っている。

『朝日新聞』一九四八年一月三十一日付紙面には初日の公演について短い劇評が載っている(追記参照のこと)。

猪瀬直樹『ミカドの肖像』には、日本初演は一九四八年十二月二十五日の東京劇場であるという趣旨の記述があるが、これは誤りである。

このときにも公演は行われたが、これは再演になる。

この二つの公演の演出をおこなった伊藤道郎は一九四六年二月アーニー・パイル劇場で占領軍兵士のみを相手にした『ミカド』公演を行っている。

一九四七年六月に東京劇場で公演を計画するが、初日直前になってGHQから中止を命じられる。

表向きの理由は著作権問題だが、猪瀬が関係者に取材した結果は、対日理事会においてイギリスがアメリカにいやがらせをしたかららしい。

ただし、『タイム』一九四六年七月十六日付の記事には、「今は『ミカド』を上演するのにふさわしいときではない」(”This is not the time for Japanese to perform The Mikado”)と連合軍の将校がアメリカの新聞記者たちに語った、という記述がある。

http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,855746,00.html

猪瀬が言うには、アール・エルンストが『ミカド』を上演すれば『忠臣蔵』の上演が可能になるといって松竹を説き伏せたということなのだが、いずれにせよ天皇制への言及が問題になったことは間違いがない。

大笹吉雄『日本現代演劇史』には帝国劇場で一九四八年二月に公演が計画されたという趣旨の記述がある。この記述の正否自体はまだ確かめられていないが、そもそも同年一月には上演されていたのだから、これだけでは片手落ちだろう。大笹は上演禁止になった一九四六年七月公演にも言及していない。

歌劇評 長門歌劇研究所「ミカド」初演 音樂も筋も單純できわ立つてすぐれたものではないが、歌詞やセリフが氣がきいて皮肉もあり面白い。詞がよく出來ていた。出演者もよくケイコがつんで芝居やセリフが調子よく中でも高木清は立派なコメディアンで通用するし横田(一字不明)も達者である。オペレッタらしい樂しい公演だつた。歌も手頃だし、聽衆も氣が樂だ。この上歌がそろつてうまかつたら、舞台はさらにはえたであらう。(野呂)ー廿九日、日比谷

『朝日新聞』一九四八年一月三十一日二面

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