宇野信夫『私の出会った落語家たち 昭和名人奇人伝』(河出文庫)

二十年ほど前に河出文庫で出た『今はむかしの噺家のはなし』を底本として若干入れ替えをしたもの。宇野信夫という人は本当に底意地が悪く、情けのない人だったことがよくわかる。圓生と志ん生をのぞけば悪口が書かれていない噺家はいない。「林家彦六は、私の学生時代の昭和初年の頃、圓楽から馬楽になって、噺家仲間では『新人』とか『インテリ』とかいわれていた」(「はしば会 林家彦六」)という書き出しだけで、すでに当時名人とうたわれていた正蔵の人気を揶揄してみせる。あるいは「戦後知りあいになった或る医者は、熱心な可楽のファンで、可楽こそ名人だ、あれだけの味のある芸人は出てこない、とまで言った」(「長いコート 三笑亭可楽」)。可楽なんて大したことのない芸人だ、とは決して書かないが、言葉の端々にそれをうかがわせるこの巧みさ。文楽でさえ「しんから文楽は気の小さい人であった」と書き、恐妻家文楽の浮気を暴露気味に、それでいてしれっと書いてみせる。いや、だからかえって面白いのだ。宇野にいわせれば「奇人」の正岡容が、宇野よりはるかに情のある筆致で噺家の人となりを描き出すのは味わいがあるのだが、読んでいて退屈にならないでもない。しかし常識人をもって鳴らした宇野がじつはここまで意地悪く人を観察し、何十年もたってからそのことを書ける、というのはやはり尋常ならざるものを感じる。

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