『日本一の裏切り男』(1968)。おそらく、『日本一』シリーズではいちばん政治的に先鋭な作品。玉音放送が雑音まじりで聞き取れず、植木等演じる特攻隊員が木製飛行機で出撃していく冒頭の場面は、植木の一見神妙だが腹に一物ありそうな表情や、女子学生役の浜美枝が「(植木に)大切なものあげちゃったの」と泣きながら同級生に告白する演技など、公開当時はまだ相当数いたであろう特攻隊員の遺族が見れば心乱される程度には滑稽に描かれている。その後、マッカーサーに続いて厚木に降り立つ植木は、なぜか次の場面では焼け跡で赤茶けて曲がった水道管から水を飲もうとしており、浜はパンパンになって植木と再会し、闇市で雑炊屋を経営する三国人役で印象的な演技を見せる小沢昭一がこの二人に絡む場面などがあって、急速に復興を遂げていく日本の戦後史を駆け足でスケッチし、1970年第二次安保闘争を控えて左右の対決が深まる中、参院議員のハナ肇の一票により再軍備が決まるというブラックな終わりかたをする。植木、ハナ、浜の三人が、何度も偶然に出会い、その度にお互いを裏切り合うという構成は、途中ダレる箇所もあるものの、気が利いている。志ん朝が国会議事堂前のデモを中継するNHKアナウンサー役で出演。中継車の天井にデモ隊の投げる石があたるガツン、ガツンという音をマイクで拾って聴視者に聞かせたあと、天井をぶち破って落ちてくる巨大な石が脳天を直撃して気絶、という一こまを演じる。
『日本一の断絶男』(1969)なべおさみが準主役級で出演。渡辺プロが総力を挙げて売り出し中だった頃とはいえ、その魅力がほとんど伝わらない。『日本一』シリーズの多くでは、植木等以外のクレージーキャッツの面々すら影の薄い存在になってしまうので、当然といえば当然なのだが、その貧相な顔立ちをクローズアップされると見ている側はリアクションに困ってしまう。『日本一の裏切り男』でそれほど見られなかった撮影当時の東京を見ると、東京の建築風景はこの頃すでに完成していたことがよくわかる。変わっているのは人々の服装と道路を走る自動車のスタイルだけだ。田舎から出てきた緑魔子が緋牡丹お竜らしき役で人気を呼ぶ映画スターになるだけでなく、植木等もやくざの客分となって縄張り争いに巻き込まれるという東映ヤクザ映画のパロディが興味深い。
『日本一の裏切り男』ではハナ肇が飛行船で空を飛ぶが、『日本一の断絶男』では谷啓が作る風船にしがみついて植木等が空を旅する。東京上空から眺める俯瞰の景観が与える開放感と恐怖の入り交じった感情(それは自身の視点が歴史化されることの開放感と恐怖でもある)は、高度成長下の日本人がまさに体験しているものだったかもしれない。国家として経済成長がほとんど見込めない中で、個々人の生産性を最大限に高めることを要求されている2008年現在の日本社会で働く人々の心情と、「モーレツ社員」たることを意識に刷り込まれつつも、実感として豊かになり、また社会の管理体制もそれほど厳しくなかった当時の人々の心情とを単純に重ね合わせることは難しい。それでも今私たちが感じている心の重圧は当時の人々もまた共有するところだったろう。グータラ社員の植木がクビを言い渡される場面がきわめて多く、また植木の演じている人物が簡単に会社をやめることが多いのは、当時の人々にとって解雇という局面がリアルであったことを裏返しに示す。
『日本一の断絶男』では、植木が職も名誉も金も(そして女も!)要らぬと達観するという、『日本一』シリーズではよくありがちな結末での心情がとりわけはっきりと描かれている。
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『日本一の裏切り男』『日本一の断絶男』
『日本一の裏切り男』(1968)。おそらく、『日本一』シリーズではいちばん政治的に先鋭な作品。玉音放送が雑音まじりで聞き取れず、植木等演じる特攻隊員が木製飛行機で出撃していく冒頭の場面は、植木の一見神妙だが腹に一物ありそうな表情や、女子学生役の浜美枝が「(植木に)大切なものあげちゃったの」と泣きながら同級生に告白する演技など、公開当時はまだ相当数いたであろう特攻隊員の遺族が見れば心乱される程度には滑稽に描かれている。その後、マッカーサーに続いて厚木に降り立つ植木は、なぜか次の場面では焼け跡で赤茶けて曲がった水道管から水を飲もうとしており、浜はパンパンになって植木と再会し、闇市で雑炊屋を経営する三国人役で印象的な演技を見せる小沢昭一がこの二人に絡む場面などがあって、急速に復興を遂げていく日本の戦後史を駆け足でスケッチし、1970年第二次安保闘争を控えて左右の対決が深まる中、参院議員のハナ肇の一票により再軍備が決まるというブラックな終わりかたをする。植木、ハナ、浜の三人が、何度も偶然に出会い、その度にお互いを裏切り合うという構成は、途中ダレる箇所もあるものの、気が利いている。志ん朝が国会議事堂前のデモを中継するNHKアナウンサー役で出演。中継車の天井にデモ隊の投げる石があたるガツン、ガツンという音をマイクで拾って聴視者に聞かせたあと、天井をぶち破って落ちてくる巨大な石が脳天を直撃して気絶、という一こまを演じる。
『日本一の断絶男』(1969)なべおさみが準主役級で出演。渡辺プロが総力を挙げて売り出し中だった頃とはいえ、その魅力がほとんど伝わらない。『日本一』シリーズの多くでは、植木等以外のクレージーキャッツの面々すら影の薄い存在になってしまうので、当然といえば当然なのだが、その貧相な顔立ちをクローズアップされると見ている側はリアクションに困ってしまう。『日本一の裏切り男』でそれほど見られなかった撮影当時の東京を見ると、東京の建築風景はこの頃すでに完成していたことがよくわかる。変わっているのは人々の服装と道路を走る自動車のスタイルだけだ。田舎から出てきた緑魔子が緋牡丹お竜らしき役で人気を呼ぶ映画スターになるだけでなく、植木等もやくざの客分となって縄張り争いに巻き込まれるという東映ヤクザ映画のパロディが興味深い。
『日本一の裏切り男』ではハナ肇が飛行船で空を飛ぶが、『日本一の断絶男』では谷啓が作る風船にしがみついて植木等が空を旅する。東京上空から眺める俯瞰の景観が与える開放感と恐怖の入り交じった感情(それは自身の視点が歴史化されることの開放感と恐怖でもある)は、高度成長下の日本人がまさに体験しているものだったかもしれない。国家として経済成長がほとんど見込めない中で、個々人の生産性を最大限に高めることを要求されている2008年現在の日本社会で働く人々の心情と、「モーレツ社員」たることを意識に刷り込まれつつも、実感として豊かになり、また社会の管理体制もそれほど厳しくなかった当時の人々の心情とを単純に重ね合わせることは難しい。それでも今私たちが感じている心の重圧は当時の人々もまた共有するところだったろう。グータラ社員の植木がクビを言い渡される場面がきわめて多く、また植木の演じている人物が簡単に会社をやめることが多いのは、当時の人々にとって解雇という局面がリアルであったことを裏返しに示す。
『日本一の断絶男』では、植木が職も名誉も金も(そして女も!)要らぬと達観するという、『日本一』シリーズではよくありがちな結末での心情がとりわけはっきりと描かれている。