今更ながら圓生の性格の悪さについて。
わたしゃ、きちょう面な性格で、志ん生はズボラ、だから、まあ合わないように見えますが、芸に対する考え方は共通してましたよ。「文七元結」 など前と後に分け、あたしとよく共演しました。名前をあげちゃ悪いけど金馬(先代)と一緒にやって、志ん生「ああ、ひでえめにあった。こりごりしちゃった」とこぼしていましたが、あたしも金馬とやって、一回で降参しました。そんなもんでして、あたしゃ、これでも志ん生とウマが合ったんですな。
三遊亭円生「志ん生八方破れ一代記 五十歳すぎて開花した”傷だらけの芸”」『週刊朝日』一九七三年十月十二日号、『文藝別冊 [総特集]古今亭志ん生』六二頁。
志ん生との相性を強調するために金馬の下手さを引き合いに出す必要はないだろう。しかも「名前をあげちゃ悪いけど」と言っているところがたちが悪い。次の引用でも同じだが、圓生は自分の言葉が角が立つことをわかっていて確信犯でものを言っているのだ。
それはともかく、金馬がなぜ志ん生や圓生に嫌われたかはもう少し考えないとわからない。玄人には嫌われたその芸になにが問題があったのかいまの私にはまだよくわからない。
円生 でも、あれだけの噺家になった人だから、当人が円喬の弟子だというものを、違うじゃないかというのも恥をかかせるみたいで悪いですからね(笑)
三遊亭円生・宇野信夫・坊野寿三「志ん生のヒラメキ人生」『落語界』一九七四年十一月晩秋号、『文藝別冊 [総特集]古今亭志ん生』一八五頁。
人の悪さということでいえば、人の悪いこの三人を集めた当時の『落語界』編集部がいちばんだと思う。その中でも圓生の発言がもっとも人でなしである。「恥をかかせるみたいで悪い(笑)」ってすでに志ん生に恥をかかせているではないか! 坊野は自分がものをただでくれてやったことを盛んに言う。だがもっとも痛快なのはやはり宇野信夫で、
円生 円生のここがいいといったって、それは志ん生には遠く及ばないという志ん生のいいところもあるし、また文楽も円生に及ばないというところがあたしにもある(笑)。そのくらい自惚れてもいいでしょ(笑)。
という円生のいやみな自慢に対してしらっと
宇野 そう。よく文楽と円生の芸風が同じだからと比較する人がいるけれど、創作の方とか新しい物を掘り出してやるというのは文楽にはなかった。また人によっては文楽のほうが秀れているという人もいるしーー。
と返す。宇野信夫あっぱれ。ここまで人が悪いと「天然」の域にまで達しているといえるだろう。
三遊亭円生・宇野信夫・坊野寿三「志ん生のヒラメキ人生」『落語界』一九七四年十一月晩秋号、『文藝別冊 [総特集]古今亭志ん生』一九一頁。
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圓生の性格の悪さについて
今更ながら圓生の性格の悪さについて。
わたしゃ、きちょう面な性格で、志ん生はズボラ、だから、まあ合わないように見えますが、芸に対する考え方は共通してましたよ。「文七元結」 など前と後に分け、あたしとよく共演しました。名前をあげちゃ悪いけど金馬(先代)と一緒にやって、志ん生「ああ、ひでえめにあった。こりごりしちゃった」とこぼしていましたが、あたしも金馬とやって、一回で降参しました。そんなもんでして、あたしゃ、これでも志ん生とウマが合ったんですな。
三遊亭円生「志ん生八方破れ一代記 五十歳すぎて開花した”傷だらけの芸”」『週刊朝日』一九七三年十月十二日号、『文藝別冊 [総特集]古今亭志ん生』六二頁。
志ん生との相性を強調するために金馬の下手さを引き合いに出す必要はないだろう。しかも「名前をあげちゃ悪いけど」と言っているところがたちが悪い。次の引用でも同じだが、圓生は自分の言葉が角が立つことをわかっていて確信犯でものを言っているのだ。
それはともかく、金馬がなぜ志ん生や圓生に嫌われたかはもう少し考えないとわからない。玄人には嫌われたその芸になにが問題があったのかいまの私にはまだよくわからない。
円生 でも、あれだけの噺家になった人だから、当人が円喬の弟子だというものを、違うじゃないかというのも恥をかかせるみたいで悪いですからね(笑)
三遊亭円生・宇野信夫・坊野寿三「志ん生のヒラメキ人生」『落語界』一九七四年十一月晩秋号、『文藝別冊 [総特集]古今亭志ん生』一八五頁。
人の悪さということでいえば、人の悪いこの三人を集めた当時の『落語界』編集部がいちばんだと思う。その中でも圓生の発言がもっとも人でなしである。「恥をかかせるみたいで悪い(笑)」ってすでに志ん生に恥をかかせているではないか! 坊野は自分がものをただでくれてやったことを盛んに言う。だがもっとも痛快なのはやはり宇野信夫で、
円生 円生のここがいいといったって、それは志ん生には遠く及ばないという志ん生のいいところもあるし、また文楽も円生に及ばないというところがあたしにもある(笑)。そのくらい自惚れてもいいでしょ(笑)。
という円生のいやみな自慢に対してしらっと
宇野 そう。よく文楽と円生の芸風が同じだからと比較する人がいるけれど、創作の方とか新しい物を掘り出してやるというのは文楽にはなかった。また人によっては文楽のほうが秀れているという人もいるしーー。
と返す。宇野信夫あっぱれ。ここまで人が悪いと「天然」の域にまで達しているといえるだろう。
三遊亭円生・宇野信夫・坊野寿三「志ん生のヒラメキ人生」『落語界』一九七四年十一月晩秋号、『文藝別冊 [総特集]古今亭志ん生』一九一頁。