水川隆夫『増補 漱石と落語』(平凡社ライブラリー、二〇〇〇年)読了。旧版は彩流社で、このところお世話になっている茂山和也さんが担当していたようだ。
影響関係を指摘するのは難しい。漱石が落語に親しんでいたことを数々の文献から証拠づけることができても、落語の文体や発想が漱石の作品に影響を与えているとするのは漱石が自分で認めていない以上推測の域を出ない。ましてや、ある特定の作品や作家ではなく、落語というジャンル全体の影響力を考えるときには、当時の人々が一種の素養として落語の文体や発想を持っていたのではないか、という疑問がつきまとう。
だがもちろん、この手の研究は意味がないわけではない。読み手がなるほどと納得すれば、それでよいのだ。『我が輩は猫である』と「やかん」「金明竹」との類縁関係を論じる箇所については正直疑問を感じたが、「琴のそら音」が圓朝の「怪談牡丹灯籠」を下敷きにしているとの指摘には膝を打った。この作品がはじめてわかったような気がした。「趣味の遺伝」にも「怪談牡丹灯籠」をはじめとする怪談話の因縁が反映しているという点にも納得した。
漱石が三代目小さんを天才だといったのはよく知られているが、「円遊ハ天才ナリ」と書いていたのははじめて知った。水川が指摘するとおり、漱石が江戸の町人文学や芸能に文学的価値を見ていたことはたしかなようだ。
小林信彦の『小説世界のロビンソン』にも『我が輩は猫である』と落語との関係が書かれているようだ。興津要『日本文学と落語』「漱石と江戸」(『講座夏目漱石 第五巻 漱石の知的空間』所収)と一緒に読まなければならない。
Your email is never published nor shared. Required fields are marked *
You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>
Δ
水川隆夫『増補 漱石と落語』
水川隆夫『増補 漱石と落語』(平凡社ライブラリー、二〇〇〇年)読了。旧版は彩流社で、このところお世話になっている茂山和也さんが担当していたようだ。
影響関係を指摘するのは難しい。漱石が落語に親しんでいたことを数々の文献から証拠づけることができても、落語の文体や発想が漱石の作品に影響を与えているとするのは漱石が自分で認めていない以上推測の域を出ない。ましてや、ある特定の作品や作家ではなく、落語というジャンル全体の影響力を考えるときには、当時の人々が一種の素養として落語の文体や発想を持っていたのではないか、という疑問がつきまとう。
だがもちろん、この手の研究は意味がないわけではない。読み手がなるほどと納得すれば、それでよいのだ。『我が輩は猫である』と「やかん」「金明竹」との類縁関係を論じる箇所については正直疑問を感じたが、「琴のそら音」が圓朝の「怪談牡丹灯籠」を下敷きにしているとの指摘には膝を打った。この作品がはじめてわかったような気がした。「趣味の遺伝」にも「怪談牡丹灯籠」をはじめとする怪談話の因縁が反映しているという点にも納得した。
漱石が三代目小さんを天才だといったのはよく知られているが、「円遊ハ天才ナリ」と書いていたのははじめて知った。水川が指摘するとおり、漱石が江戸の町人文学や芸能に文学的価値を見ていたことはたしかなようだ。
小林信彦の『小説世界のロビンソン』にも『我が輩は猫である』と落語との関係が書かれているようだ。興津要『日本文学と落語』「漱石と江戸」(『講座夏目漱石 第五巻 漱石の知的空間』所収)と一緒に読まなければならない。