本物と偽物の間を揺れ動く:平田オリザのアンドロイド演劇

2012年1月西洋比較演劇研究会例会で英語で発表した際の英文要旨を日本語に訳し、さらに若干手を加えました。

元の英文要旨は西洋比較演劇研究会ブログにあります。また、この日本語要旨の原型は電子ジャーナル『西洋比較演劇研究』11:2の「活動記録」に掲載しました。

一人の女優と女性の「アンドロイド」が出演する15分の短編、平田オリザの「さようなら」を見て否定的な感想を抱いた観客に共通するのは「裏切られた」という思いだろう。だが彼らは自らの期待に裏切られたのだ。正統な芸術作品を期待していったら、テクノロジーを使ったハッタリで、胡散臭い感傷的なドラマを糊塗するだけのものを見せられたのだから。彼らの困惑は、この「アンドロイド」なる代物が、自力で動くことはもとより、プログラムをもとにして反応するわけでもない、ということを知ってさらにいや増す。たしかに発声のタイミングは正確だが、これは予め計算されていたからではなく、人間の女優が舞台裏で「口パク」しているだけのことである。この女優によって遠隔操作される「アンドロイド」とは、見世物小屋で見かける機械仕掛けの人形とさして変わらない。

この作品がサーカスの安手の余興に近いという印象は舞台装置によって強められる。薄暗い照明はたしかにこの世ならぬ雰囲気を醸し出すのに一役買っているが、同時にそのせいで女優やアンドロイドの顔の表情をはじめとして舞台上のすべてのものはぼんやりとはっきりしない。死の床にいる病人を演じる女優は動き回ることをしないが、それはアンドロイドを動さないためのうまい口実になっている。身振りをするために動けば、アンドロイドがそれほど人間に似ていないことがわかってしまうからだ。アメリカ人の女優が話すたどたどしい日本語は、アンドロイドの合成された音声とよい対照をなしているが、それはいわば双方の不自然さが中和するということでもある。こうした「カモフラージュ」効果に気づいてしまうと、観客は自分が騙されていると思わずにはいられない。とりわけ、科学の万能性という現代の神話によって、「通常の」演劇では表象不可能な、真性で権威のあるものを探し求めることを動機づけられているゆえに。

だがこの「偽物臭さ」を観客に伝えるのは平田の戦略の一部だ。そもそも、アンディ・ウォーホールの『キャンベルのスープ缶』同様、「さようなら」は平凡なものの下劣な模倣であると同時に、その「フレーミング」効果によってその平凡なものを特別でかけがえのないものに見せてしまうリアリズム芸術に対する批判である。といっても、ウォーホールが「フェイクの」表象から批評的距離をとることを見る者にうながすのに対し、平田は観客が「フェイクの」表象に感情移入することを望んでいるように見える。批評的距離がないゆえに、安っぽいシュミラークラに何ら意味を見いだせずに平田の作品を否定的に裁断する観客が出てくるのだ。だが平田の意図は別にある。自らが正統性を与えることができないものにたいして観客が感情移入することを促すことで、平田は疎外感と虚無感を観客と共有しようとする。見てくれだけのレプリカに囲まれて、平田も観客も「本物」を手に入れることができないのだ。

平田と観客が手に入れられない「本物」のうちで、もっとも真正なものは死である。「さようなら」にはロマン主義が大好きな死の欲望のモティーフが組み入れられているものの、「いま・ここ」で死ぬことが不可能な舞台では、このモティーフはパロディとして働く。女優の演じる「主人」は死の床についていることになっているが、観客はそれが虚構の死であることを知っている。一方で、観客がこの作品を見ているということは、彼らもまた死から疎外されているのだ。「嘘」の死は舞台の到るところでほのめかされるものの、本物はどこにも見いだせない。

この内なるロジックに従えば、平田がアンドロイドを用いたのは、人間を取り巻き、そのせいで「本物」に近づけない、無数の偽物のコピーの比喩としてであると結論づけることはそれほど難しいことではない。本発表では、たとえばランボーおよびカール・ブッセの翻訳された詩の引用と平田の真正性の探究とを関連づけることで、この結論に到るまでの手順を明らかにしたい。本物と偽物の間を揺れ動く「さようなら」は、両者の間で美的なバランスをとっている。

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