『大谷竹次郎 百人が語る巨人像 』04

池田弥三郎による小林一三との比較。2005年度日本演劇学会全国大会で寺田詩麻さんが「明治30年代後半の松竹合名会社−その経営の性質」という発表をされたときに質問にたった神山彰さんが「松竹は何でもダブルスタンダードだったんだ」という発言をしていたことを思い出す。神山さんの発言の含蓄の深さに改めて感服。

池田弥三郎「大谷さんについて」

……

 だいぶ前のこと、松竹と東宝とについて、一、二の本がでたときに、「演劇界」の利倉幸一さんにすすめられて、書評の枠を拡げて、「大谷竹次郎と小林一三」という文章を書くことを約束した。直接、対象にする本を数冊、利倉さんから送っていただいたりして、かなり、はりきって準備にかかったのだが、到頭それができ上らなかった。期日に間に合わない、などというのではなく、執筆以前に、どうにもプランがたたず、あやまって、おりてしまった。

 それは、小林さんの方は、わり合いに、かっきりとした「人間像」が、心の中に画き出されるのだが、その像と対立するはずの大谷さんが、どうしてもうまくまとまってこないのである。参考資料にしても、決して足りなくはないのだが、どうしても、つかめないのである。ぼばくとしている、といったらいいか、一つの解釈をくだしてみても、すぐ、真反対な反論が心の中に起って、その解釈を足下から、つき崩してしまう。そして、大谷さんだけがけろりとしてそこにいる、といったような具合だった。

 おつき合いという点からは、全く条件が同じで、つまり、私との距離はお二人ともに、同じ処におられるわけなのだから、その点、触れ合いということでは、ほとんど全く白紙であって、知り方に厚薄の相違はないのだが、それなのに、どうにも大谷さんの方は手におえないのであった。

 今になって考えてみると、そこに、このお二人の相違があったのだと思う。小林さんの方は、人がらも、その仕ごと――もちろん、演劇関係だけだが――も、近代的で合理的で、理屈が通っていて、わかり易い。われわれのような、若輩にも、よくのみこめる理くつであり、その理くつが先に立っている。ところが大谷さんとなると、合理的なようで不合理で、不合理なようで合理的で、要するに、われわれの持ち合わせている理くつでは、割り切れない。眠っているのかと思うと、ランランと目をひらいており、では、見つめられているのかと思うと、一里も先に焦点が合っている見つめ方であったりするようなものであった。感覚的な処理かと思うと整然と理屈が通っていたり、冷静な判断かと思うと多分に気分的である、とでもいうような方で、何とも、わたしなどの手におえなかった。

 それから十年も経つのだが、いまだに、大谷さんに対するわたしの感じは変らない。

 ……

(『百人が語る巨人像 大谷竹次郎』一四―一五頁)

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