『大谷竹次郎 百人が語る巨人像 』06

以下の渋沢秀雄の発言と、先ほどの肥後博の発言をあわせて考えると、神山さんいうところの「松竹のダブルスタンダード」が、結局は大谷竹次郎の性格の二面性、筋を通すところと子供っぽく非合理的なところの二面性に起因するのではないかと思えてくる。

渋沢秀雄「劇団交渉」

 次の日記は私が東宝株式会社の取締役会長時代に書いたものである。そのころ花柳章太郎、大矢市次郎、柳永二郎、伊志井寛の四氏が「新生新派」という独立劇団を結成し、それを新聞が派手に報道した。いくら松竹と縁の深い俳優にしても、独立劇団を結成した以上、東宝系の劇場へ出演するのは自由だという理由で、このときすでに有樂座への出演契約ができていたのだったと思う。

 日記には最初日活問題に関する意見交換が書いてあるが省略する。昭和十五年の話だ。読みやすくするため、大谷さんの言葉には「大」私のそれには「渋」とつけ加えておく。

 渋 「ついでに新生新派のことでは種々ご高配をいただきましたから、そのご挨拶も申し上げます。ありがとうございました」

 大 「お礼だけじゃ厭、頼んでくれなくては」

 渋 「独立劇団と契約するのは自由。ただその俳優があなたのほうに縁故が深いから、礼儀として挨拶するのです」

 大 「あなたのほうは頼むのはいや。しかし私は頼まれなくてはいや。役者は自分一人で偉くなったと思ってる。私は私が偉くしたと思ってる。頼まれないでも、勝手に出れば仕方ないが……」

 渋 「独立劇団じゃないんですか?」

 大 「まあ独立劇団のつもりでいるのだ」

 渋 「儀礼的なご挨拶を申せばいいという訳」

 大 「いや、私は役者に、子供に物を教えるようにハッキリいった。お礼じゃ厭。頼まれなくては」

 渋 「そうこだわらずに、どうです」

 大 「あなたが一言頼むといえば、今すぐ電話で許可する」(ここで大谷さんは目の前の卓上電話へ、右手を伸ばして見せた)

 渋 「いや、お頼みする筋はありません。新しい独立劇団なら、何も松竹さんへ話を通す必要ないじゃありませんか。ただその劇団を結成する俳優が松竹の恩顧を受けた連中だし、今後もお世話になる一団だから、顔をよくするため、ご挨拶に出たのです。お頼みするいわれはないと思います。もしあなたのほうの個々の役者との話なら、あなたへおことわりしず【ママ】に話をきめは致しません。それでは礼儀にはずれますから」

 大 「それはいいことを言って下さった。その通りです」

 渋 「独立劇団として世間に発表されたものを、一々お頼みしてあなたの許可を受ける筋はないと思います」

 大 「とにかく、頼まれない限り私はいや」

 渋 「では、こまかい引き合いを知りませんから、新生新派の人に聞いた上で、お頼みするのでしたら、また改めてうかがいます」

 東宝側は新生新派と話ができていたから、私の鼻息も荒かった。それにしても、演劇界の巨人大谷竹次郎の意地がよく現れている。そして私もよく、こんなこまかい会話まで書きとめて置いたものである。

 なんでも昭和十九年ごろには戦局が緊迫してきた結果、大谷さんも私もよく情報局へ呼ばれて、次々と演劇に関する規制を受けた。そしてとうとう非常措置令とかいう法律で、大劇場は閉鎖されてしまった。

 たしかそのころの一夜、二人が情報局を出たのは可なり遅かった。また何か演劇活動を縛るような命令――一応業者の自由意志のように見える体裁を整えた――指令が出たのだったろう。私は大谷さんの自動車で、共に警視庁前を霞ヶ関方向へ走っていた。すると突然、大谷さんが、いくらか自嘲的な響きのある笑い声でこういわれた。

 「渋沢さん。今夜私のうちへ泊っていらっしゃい。ひとばんゆっくり話しましょうや。そして私の愚痴も聞いてくださいよ」

 私の意は大いに動いた。しかし空襲のよくある戦時下だったので、遠慮してわが家に帰った。今となっては、あのときなぜ、大谷さんの偉大な愚痴を聞いておかなかったのだろうと、と悔やまれてならない。

(随筆家)

(『百人が語る巨人像 大谷竹次郎』一二八―一三一頁)

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