矢野誠一を評価していなかった自分の不明を恥じる

矢野誠一のよい読者ではないことは決して誉められたことではない、ということはよくわかっていた。
しかし数年前に出た『エノケン・ロッパの時代』などは、演劇史家から見れば、調べが足りないことは明白で、この人は要するに「評論家」であって、毒にも薬にもならぬことを書き散らす人なのだと思いこんでいた。
また志ん生を評価し、八代目桂文楽を八代目林家正蔵や三代目桂三木助より上におくという(まあ世間では一般的な基準だが)ところも私の趣味とは合わない人だという印象はあった。
いまでもこの印象はかわらないが、河出文庫で今度出た『志ん生の右手:落語は物語を捨てられるか』は驚いた。
これは、『落語は物語を捨てられるか』(新しい芸能研究室、一九九一年)の文庫化であるという。まずこの底本を知らなかったことを懺悔したい。
そして七〇年代、八〇年代に書かれた文章には考えが足りないけれど鋭い着想のものがたくさんあることに驚いた。

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