ポツドールの『激情』はATG(根岸吉太郎『遠雷』がいちばんよく似ている)、『笑顔の砦』は歌舞伎、しかも丸本もの。演技のつけかたがまったく違う。前者は役者の衝動を写し取り、後者は人形の動きを忠実になぞる。『笑顔の砦』は一見そう見えないが、歌舞伎と同じ作り方をしている。世界を西部劇にとり、上手が時代物、下手が世話物の綯い交ぜ。世話にくだけすぎたので『激情』と並べ立てられるのだが、タニノは近松門左衛門と同様、人情を信じて描いているわけではない。ただうまく見せてお客を感動させてやれと思っているだけで、演技を純粋な技術に還元する方法論は歌舞伎役者の芸談に見られるものと同質。義太夫の語りのかわりに久保井のナレーション。これは考え直したほうがいい。義太夫の語りであれば舞台に起きていることがフィクションだと観客は理解できるが、久保井の一人称のナレーションはリアリズムに近づきすぎている。字幕を写して見せるだけでもよかったし、どうしても声にこだわるのなら、義太夫のように三人称の語りにするべきだった。また、久保井が左利きでなかったら、舞台の上下をとりかえたほうがよかっただろう。観客の意識が集中するのは下手なのだから。
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庭劇団ペニノ『笑顔の砦』
ポツドールの『激情』はATG(根岸吉太郎『遠雷』がいちばんよく似ている)、『笑顔の砦』は歌舞伎、しかも丸本もの。演技のつけかたがまったく違う。前者は役者の衝動を写し取り、後者は人形の動きを忠実になぞる。『笑顔の砦』は一見そう見えないが、歌舞伎と同じ作り方をしている。世界を西部劇にとり、上手が時代物、下手が世話物の綯い交ぜ。世話にくだけすぎたので『激情』と並べ立てられるのだが、タニノは近松門左衛門と同様、人情を信じて描いているわけではない。ただうまく見せてお客を感動させてやれと思っているだけで、演技を純粋な技術に還元する方法論は歌舞伎役者の芸談に見られるものと同質。義太夫の語りのかわりに久保井のナレーション。これは考え直したほうがいい。義太夫の語りであれば舞台に起きていることがフィクションだと観客は理解できるが、久保井の一人称のナレーションはリアリズムに近づきすぎている。字幕を写して見せるだけでもよかったし、どうしても声にこだわるのなら、義太夫のように三人称の語りにするべきだった。また、久保井が左利きでなかったら、舞台の上下をとりかえたほうがよかっただろう。観客の意識が集中するのは下手なのだから。