鐘下辰男演出『華々しき一族』、佐藤慶・佐藤オリエ・榎木孝明・七瀬なつみ他出演、新国立劇場小劇場 二〇〇〇年二月〜三月一日 幕が明くしばらく前、そして明いてしばらくしてから、そして幕切れのところで「ある晴れた日に」が流れていた。もちろん森本薫の脚本にこのような指定はない。明らかに演出家の指示である。 演出家のスタイルには大きくわけて二通りある。テキストを大胆に読み直し、ときには大幅に改変して演出家の解釈を強調するタイプと、あくまでもテキストの精読を通じて、作者の意図をできるだけ多くくみ取ろうとするタイプ。何を当たり前のことを、と言われるかもしれない。しかし新劇の演出家としての鐘下はこのどちらのタイプにも属さない。テキストを踏まえつつも、自分と作品との距離、あるいは新劇に感じている「違和感」とでもいうべきものを舞台上に現出させる。そこに「所詮、自分たちには新劇を支えていた感性は理解できない」という冷たい突き放した鐘下の思いを感じるのは私だけだろうか。しかしそれは同時に演出家鐘下の誠実さの表れでもある。すでに過去の歴史となってしまったものがかつてもっていたリアルさを「再現」しようとしつつ、同時にその行為の不可能性を示す。現在新国立劇場をはじめとしてさまざまな集団が新劇の名作を上演しはじめているが、それがたんなる懐古主義に陥らないためには、鐘下のこのような批評的距離こそが、必要だろう。 田中千禾夫の『マリアの首』を演出したときもそうだった。方言を共通語に直しただけではない。『華々しき一族』と同じ美術の島次郎の手によって、舞台の中央上手よりに、ト書きに指示のない裸の水道管が地面から突き出ている。この『少女仮面』をはじめ唐十郎作品に繰り返し出てくるおなじみの意匠が示しているのは、(少なくとも言語的な観点からは)アングラの祖形とでもいうべき田中千禾夫をアングラ以降の歴史を通して見直す、あるいはアングラの側に『マリアの首』を奪還する、という決意だった。 さてプッチーニのオペラ『蝶々夫人』はもちろん、アメリカの海軍士官ピンカートンにだまされる日本の没落士族の娘、蝶々さんの悲恋の物語だが、蝶々さんの純愛を通して、見かけと内実の永遠の不一致というロマンチシズムのテーマを反復していることを忘れてはならない。オリエンタリズムの一つの反映ではありながらも、東洋の女性に、他者としての東洋に、見かけと内実の一致という理想を見る(=純愛を貫く)という構図を提出する点においても『蝶々夫人』はロマン主義的な作品なのである。そしていわばこのオペラ全体におけるロマン主義の頂点というべき、蝶々さんが歌うアリア「ある晴れた日に」で、いわば『華々しき一族』全体をサンドウィッチのように挟み込むことによって、鐘下はこの作品における見かけと内実の不一致という主題を浮き上がらせようとしていることがわかる。 しかも鐘下の意図は表層的な恋愛遊戯と真実の感情の不一致、というこの作品のプロットレベルでの主題を確認するにとどまるのではない。最後の場面の演出を通して、彼はこの作品が構造的に抱え持つ見かけと内実の不一致を浮き彫りにする。たしかに脚本を読んだだけでも、恋愛ゲームを降りた若き映画監督須貝が居候先の師匠の鉄風の家を出ていき、残された三人の女たちが泣き出すという幕切れに不自然さを感じることはできる。喜劇であったはずなのに、誰も誰とも結ばれないという奇妙さ。しかし鐘下は、よくできた風俗喜劇とも見違えるようなこの作品が、じつは真実の(それゆえに報われない)愛という、もっと切実な(だが同時に陳腐な)ものの探求という作者の欲望を抑圧して成り立っていること、そしてそれが最後に一気に噴出することをより明示的にするために、三人の女たちを大げさに泣かせるのだ。真実の感情の吐露であるはずのその行為の芝居臭さは、それまでの人工的な恋愛ゲームが自然さを装っていた(!)だけに、作者のねじくれた欲望の在処をはっきりと示すことになる。こうして、登場人物たちの心理のすれ違いを意地悪く楽しんでいた観客たちは、限度を超えてひたすら泣き続ける三人の女たちという舞台上の形象に唖然として席を立つことになるのだ。 そのように鐘下の演出の意図を読めば、「ある晴れた日に」が戦前の日本の文化人の家庭で流れる、という設定がいっそう皮肉に思えてくる。近代化、西洋化が見かけ上完了した昭和十年代において、プッチーニのオペラを聴いているのはとりたてて不自然ではないように思える。しかしオリエンタリズムの典型のような作品を日本人が「自然に」享受するというのは考えてみればグロテスクな姿である。 もちろん、森本じしんも、風俗喜劇の日本的土壌への移植という自らの作業に違和感を持っていたことは確かだろう。たとえば、母親の諏訪が催すモダンダンスの公演では、バッハのプレリュードから源氏の夕顔へと題材がくるくる変わると息子の昌允が揶揄する台詞がある。あるいは去り際に須貝はオレンジジュースにウイスキーを入れて飲むのは婦人のすることであり、酒なら灘の生一本を飲めと昌允に(とりたてて必然性もなく)忠告する。所詮自分たちは西洋の猿真似をしているにすぎない、という気恥ずかしさがこの戯曲を書いている森本の心のどこかにあったに違いないのだ。しかし従来の新劇の上演であれば、そのような複雑な森本の心理とは裏腹に、近代的西洋的な「新しい」家庭の表象としてこの一家を描いて見せたことであろう。いや、当時であればそれでもよかったのかもしれない。この家庭の「モダンさ」は一つの魅力となったことだろう。しかしもちろん、現代の私たちにはそうした部分は伝わらない。ほとんど冗談にもとられかねない「ある晴れた日に」という選曲はむしろ森本の気恥ずかしさの部分を強調する。こうして、一歩間違えば戯曲の世界の忠実な再現ともとられかねない鐘下の演出は、それまでの上演史を否定するかのように、当時の新劇が、日本が、必死になって猿真似をしている、そのおかしさすらも、形象化するのだ。この絶妙な批評的距離のとりかたは、これからもしばらく注目していきたい。
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Δ
批評的距離の絶妙さ
鐘下辰男演出『華々しき一族』、佐藤慶・佐藤オリエ・榎木孝明・七瀬なつみ他出演、新国立劇場小劇場
二〇〇〇年二月〜三月一日
幕が明くしばらく前、そして明いてしばらくしてから、そして幕切れのところで「ある晴れた日に」が流れていた。もちろん森本薫の脚本にこのような指定はない。明らかに演出家の指示である。
演出家のスタイルには大きくわけて二通りある。テキストを大胆に読み直し、ときには大幅に改変して演出家の解釈を強調するタイプと、あくまでもテキストの精読を通じて、作者の意図をできるだけ多くくみ取ろうとするタイプ。何を当たり前のことを、と言われるかもしれない。しかし新劇の演出家としての鐘下はこのどちらのタイプにも属さない。テキストを踏まえつつも、自分と作品との距離、あるいは新劇に感じている「違和感」とでもいうべきものを舞台上に現出させる。そこに「所詮、自分たちには新劇を支えていた感性は理解できない」という冷たい突き放した鐘下の思いを感じるのは私だけだろうか。しかしそれは同時に演出家鐘下の誠実さの表れでもある。すでに過去の歴史となってしまったものがかつてもっていたリアルさを「再現」しようとしつつ、同時にその行為の不可能性を示す。現在新国立劇場をはじめとしてさまざまな集団が新劇の名作を上演しはじめているが、それがたんなる懐古主義に陥らないためには、鐘下のこのような批評的距離こそが、必要だろう。
田中千禾夫の『マリアの首』を演出したときもそうだった。方言を共通語に直しただけではない。『華々しき一族』と同じ美術の島次郎の手によって、舞台の中央上手よりに、ト書きに指示のない裸の水道管が地面から突き出ている。この『少女仮面』をはじめ唐十郎作品に繰り返し出てくるおなじみの意匠が示しているのは、(少なくとも言語的な観点からは)アングラの祖形とでもいうべき田中千禾夫をアングラ以降の歴史を通して見直す、あるいはアングラの側に『マリアの首』を奪還する、という決意だった。
さてプッチーニのオペラ『蝶々夫人』はもちろん、アメリカの海軍士官ピンカートンにだまされる日本の没落士族の娘、蝶々さんの悲恋の物語だが、蝶々さんの純愛を通して、見かけと内実の永遠の不一致というロマンチシズムのテーマを反復していることを忘れてはならない。オリエンタリズムの一つの反映ではありながらも、東洋の女性に、他者としての東洋に、見かけと内実の一致という理想を見る(=純愛を貫く)という構図を提出する点においても『蝶々夫人』はロマン主義的な作品なのである。そしていわばこのオペラ全体におけるロマン主義の頂点というべき、蝶々さんが歌うアリア「ある晴れた日に」で、いわば『華々しき一族』全体をサンドウィッチのように挟み込むことによって、鐘下はこの作品における見かけと内実の不一致という主題を浮き上がらせようとしていることがわかる。
しかも鐘下の意図は表層的な恋愛遊戯と真実の感情の不一致、というこの作品のプロットレベルでの主題を確認するにとどまるのではない。最後の場面の演出を通して、彼はこの作品が構造的に抱え持つ見かけと内実の不一致を浮き彫りにする。たしかに脚本を読んだだけでも、恋愛ゲームを降りた若き映画監督須貝が居候先の師匠の鉄風の家を出ていき、残された三人の女たちが泣き出すという幕切れに不自然さを感じることはできる。喜劇であったはずなのに、誰も誰とも結ばれないという奇妙さ。しかし鐘下は、よくできた風俗喜劇とも見違えるようなこの作品が、じつは真実の(それゆえに報われない)愛という、もっと切実な(だが同時に陳腐な)ものの探求という作者の欲望を抑圧して成り立っていること、そしてそれが最後に一気に噴出することをより明示的にするために、三人の女たちを大げさに泣かせるのだ。真実の感情の吐露であるはずのその行為の芝居臭さは、それまでの人工的な恋愛ゲームが自然さを装っていた(!)だけに、作者のねじくれた欲望の在処をはっきりと示すことになる。こうして、登場人物たちの心理のすれ違いを意地悪く楽しんでいた観客たちは、限度を超えてひたすら泣き続ける三人の女たちという舞台上の形象に唖然として席を立つことになるのだ。
そのように鐘下の演出の意図を読めば、「ある晴れた日に」が戦前の日本の文化人の家庭で流れる、という設定がいっそう皮肉に思えてくる。近代化、西洋化が見かけ上完了した昭和十年代において、プッチーニのオペラを聴いているのはとりたてて不自然ではないように思える。しかしオリエンタリズムの典型のような作品を日本人が「自然に」享受するというのは考えてみればグロテスクな姿である。
もちろん、森本じしんも、風俗喜劇の日本的土壌への移植という自らの作業に違和感を持っていたことは確かだろう。たとえば、母親の諏訪が催すモダンダンスの公演では、バッハのプレリュードから源氏の夕顔へと題材がくるくる変わると息子の昌允が揶揄する台詞がある。あるいは去り際に須貝はオレンジジュースにウイスキーを入れて飲むのは婦人のすることであり、酒なら灘の生一本を飲めと昌允に(とりたてて必然性もなく)忠告する。所詮自分たちは西洋の猿真似をしているにすぎない、という気恥ずかしさがこの戯曲を書いている森本の心のどこかにあったに違いないのだ。しかし従来の新劇の上演であれば、そのような複雑な森本の心理とは裏腹に、近代的西洋的な「新しい」家庭の表象としてこの一家を描いて見せたことであろう。いや、当時であればそれでもよかったのかもしれない。この家庭の「モダンさ」は一つの魅力となったことだろう。しかしもちろん、現代の私たちにはそうした部分は伝わらない。ほとんど冗談にもとられかねない「ある晴れた日に」という選曲はむしろ森本の気恥ずかしさの部分を強調する。こうして、一歩間違えば戯曲の世界の忠実な再現ともとられかねない鐘下の演出は、それまでの上演史を否定するかのように、当時の新劇が、日本が、必死になって猿真似をしている、そのおかしさすらも、形象化するのだ。この絶妙な批評的距離のとりかたは、これからもしばらく注目していきたい。