『キャンディード』の公演は4月26日(月)〜5月11日(火)まで。連休明けにこの作品を扱うという予定にしよう。
『キャンディード』
「ローレル&ハーディ」爆笑短篇集シリーズ(全10巻)
マツダ映画社のサイトには「ローレル&ハーディ」爆笑短篇集シリーズ(全10巻)というのも掲載されている。買わなくてはいけないものが多すぎて困る。
皇帝ジョーンズその他
ジュネス企画がVHSは出している。英語版ならDVDであるのだが。ジュネス企画でDVDが出るのを待つか。ちなみにLittle Foxesも『偽りの花園』(1941)という邦題でジュネス企画からビデオが出ている。しかし『セールスマンの死』も『ガラスの動物園』も廉価版DVDは出ないなあ。ビデオも『セールスマンの死』のほうは在庫切れ。
溝口健二『霧の港』(1923)がオニールのAnna Christie (1920)の映画化であるとは初めて知った。見たい。
溝口健二『霧の港』(1923)がオニールのAnna Christie (1920)の映画化であるとは初めて知った。見たい。
エンジェルス・イン・アメリカ
都立図書館にはあるようだ。
No. 所蔵館 請求記号 配置 閲/貸/協 状態 返却予定日 資料ID 付属資料 形態区分
1. 中央 /9320/ク1192/301-1 開架 可/否/可 定位置 1127707498
サンセット大通り
サンセット大通りAngels in Americaに引用されている”I’m ready for my closeup, Mr. DeMille.”という有名な台詞のシーンを授業で見せるために買おう。
Paula Vogel/David Savran
二人はコーネルの院で同級生だったということをA Queer Sort of Materialismを読んで知る。”Paula Vogel as Male Impersonator”が当該の論文。論文というより日本の演劇雑誌に載るエッセイに近い。Savranって理論派だけど現場とも近しい関係にあるという点で私のrole modelなのだが、これはなんだか出来の悪いときの自分のものを読んでいるようだ。
『エレファント・バニッシュ』
小説を舞台化するとたいてい小説より面白くなくなるが、私が出会ったその数少ない例外の一つがコンプリシテの『ルーシー・キャブロルの三つの人生』だった。ただ素朴に「物語を語る」ことがいかに観客の想像力を刺激するか、あるいは俳優の身体表現によって、原作にはなかった深みを付け加えてくれるか、ということをまざまざと示してくれたという点で、私がこれまで見た舞台の中で最上の部類に属するものだった。マクバーニー演出の『ストリート・オブ・クロコダイル』やイオネスコの『椅子』もまた、そこまではいかなかったが、やはり素晴らしいものだった。
しかしどうしたことか。『エレファント・バニッシュ』はきわめてひどい出来だった。
最初に断っておかなければならないが、この出来の悪さは俳優の責任ではない。吹越満も高泉淳子もおそらくは村上春樹のよい読者ではないだろうが、だからといって俳優として彼らがやるべきことをやっていなかったわけではない。しかし残念ながら、他の作品で見た彼らのほうがずっと輝いていた。
あくまでも責めを負うべきは演出のマクバーニーである。理由を順番にあげていこう。まず、ルコックのもとで学んだマクバーニーの売りは、身体表現がいかに無限の可能性を持っているかを示すことにあったはずだが、今回はほとんどそれが見られなかった。代わりに見られたのは、ビデオを使い、蛍光灯や目眩ましのパー管などライティングに自己主張させ、無機的な機械音を多用する、きわめて凡庸な「マルチメディアシアター」、ロバート・ウィルソンやロベール・ルパージュやウースター・グループのエリザベス・ルコンテの二番煎じ的な舞台だった。
身体表現の欠落はたとえば「パン屋再襲撃」のエピソードに端的に見られるだろう。主人公夫婦が夜中に突然空腹を覚える、という件りで、原作を読んだことがある人間は、空腹が主人公たちのある種の精神的な飢餓を象徴的に表しているのだということは理解しつつ、単なる象徴性をこえて迫ってくる、物質的な条件としての空腹が描かれていることを知っている。そしてマクバーニーであれば、その空腹を小説とは違ったかたちで身体表現にするはずだと予期してもいいはずだ。しかしあにはからんや、空腹という状態はただ言葉で説明されるだけで、全くリアリティを持っていなかった。本当に腹が減っているのだ、ということが観客に言葉を超えて伝わってくる、ということがまったくなかった。
論点を一部先取りしてしまったが、もう一つ今回の演出で問題だったのは、マクバーニーが村上春樹を(少なくとも日本で受け入れられているようなかたちでは)理解していなかったことである。三つの短編の粗筋を知ればすぐわかるように、村上文学の核は、最終的に不合理なもの、理性を超えたものが人間を動かしている、世界の中心にある、という信仰にある。しかし今回この不合理性への信仰は、笑いをとれる奇妙なエピソードの羅列に翻訳されてしまった。ビックマック三十個を奪った二人がコーラの代金を払う、という件りは決して「ちょっと面白い」話ではない。パン屋からかけられた「呪い」を解く儀式としてのマクドナルド襲撃は、手順に則って厳格に行われる必要があるゆえに、妻はコーラの代金を払うことを主張するのだ。
最後に、村上文学の翻訳という、もっと一般的な問題がある。「バタ臭い」村上文学が英語に翻訳されることで、そのバタ臭さは英語圏の小説の白々しさ、作り物臭さにとってかわってしまう。それらは似ていても、別のものだ。今回の舞台ではそれがさらにもう一度翻訳される—マクバーニーは英訳を読んで、演出の指示を行い、日本人俳優およびスタッフはそれをもう一度原作に照らし合わせるという作業を行っているはずだ—ことで、翻訳物の舞台の白々しさを想起させるものになってしまった。舞台幕切れ近く、再び「象の消滅」からのエピソードが語られるときの、バーのシーンの白々しさは、まるで80年代のテレビでよく見られた、安物のトレンディドラマのようだった。よく読めばわかるが、原作の男女は決してあんな振る舞いをしていない。村上春樹の登場人物たちは「気障」ではあるが、トレンディドラマの登場人物たちのように格好ばかりつけているわけではない。もっと他者の存在を身近に感じて行動している。
今回の舞台に描かれた日本人が自分たちであり、描かれた社会が日本の現代社会だと錯覚するのは、相当鈍感な神経の持ち主ではないか。テクノロジーが発達しているかわりに、空虚な人間関係が取り結ばれている、というステレオタイプな現代日本のイメージをマクバーニーが提示しようとしているのだとしたら、それはまた新たなオリエンタリズムなのである。ロンドン公演で「現代の日本人が示されている」というような凡庸な劇評が出てこないことを切に祈るばかりである。
平田は、目的地なぞ定めない。歩き方が目的地を作り出した。
平田オリザ作・演出『その河をこえて、五月』新国立劇場
『その河をこえて、五月』には大学の授業の一環として自分の学生たちを連れていった。その中の一人が見終わったあとに、意を決したように私のところにやってきて、「私、じつは在日なんですけれど、今日の劇はすごくよく気持ちがわかりました」と言った。私はといえば、その告白をした学生のことよりも、そうした告白をさせてしまうこの作品の力のことを考えてしまったのだけれど。他にも、最近テレビでよく放映される「観光地としての韓国」以外の韓国のことがよくわかった、韓国人が日本をどう見ているかがよくわかった、という意見が聞かれた。こんなふうに笑える劇だなんて予想していなかった、という声も含めて、『その河をこえて、五月』は概して好評であり、ふだん演劇とは無縁の生活を送っている大半の学生にとっては強い印象を受ける作品であったようだ。
私たちはこのような事実からさまざまな推論を引き出すことができるだろう。近代劇のように、謎を提示しておいて観客の好奇心を煽り、「その先へ、その先へ」と観客を導いていくような中心的な物語が存在せず、複数の物語が断片的に語られていくという平田作品の構造が、じつはエピソード主体のテレビドラマのそれとよく似ているゆえに、演劇初心者の学生にとってはかえってとっつきやすいものであったこと。植民地時代の韓国に生まれ育った老齢の女性、韓国を無意識に見下している中年男性サラリーマン、在日韓国人の若者、日本による支配を経験しアンヴィバランツな感情を日本に抱く老齢の韓国女性、日本の若者文化に興味をもつ韓国の若い女性、といった代表=表象の論理によって見事に貫かれたこの戯曲が、現在の日韓関係を考える上で過不足のない情報を与えるものであったこと。あるいは両国の国民性や世代による差違は示されるものの、その差異を深刻な対立としていたずらに強調することなく、またそれをきっかけに論議を深めるというわけでもなく、花見/酒盛りという祝祭的な気分(そして劇場外のイベントとしてのワールドカップサッカー)に包み込むことで情緒的な解決をはかる「静かな演劇」的手法が、争いごとを好まず、まったりした日常を送る今時の学生の気分にしっくりくるものであったこと。
以上のようなことを鑑みて、この作品の通俗性ということを考える向きもあるだろう。たしかに、この作品に描かれた日本人と韓国人の言動は、それぞれの国の歴史と現在の情勢について多少の関心があればほぼ予想がついてしまうような「底の浅い」ものである。日韓の本格的交流がはじまったばかりの今でこそ、新鮮に受け取る観客もいようが、今後(平田が願うとおり)友好関係がさらに深まれば、それは陳腐で古くさいものになってしまうことも十分予期される。たとえばゲイ演劇の古典とされる『真夜中のパーティ』は、白人、ユダヤ人、黒人のゲイたちが登場してそれぞれの立場と心情を語るという、代表=表象の論理そのもののような作品であるが、今見てみるとそれぞれの立場に忠実な(まるで社会主義リアリズムにおける「典型的な状況における典型的な人物の行動」を思い出させる)台詞に興味が削がれることおびただしい。『その河をこえて、五月』も、十年後あるいは二十年後には、ワールドカップ共催という絶好の機会の中で日韓友好の祝祭気分を言祝ぐことだけが目的の風俗劇としてのみ演劇史に位置づけられるかもしれない。あるいは平田のことだから、そのことも当然織り込み済みで、日韓友好のための捨て石としてこの作品を提供したのかもしれない。
とはいえ、サービス精神旺盛な平田は今回もまた、ひねくれた観客のために深読みの材料を提供してくれてはいる。劇中何度も韓国語で放送される迷子の放送や、ツアーからはぐれた日本人の観光客を名乗ってピクニックに闖入してくる桜井一郎の正体は誰なのか(「桜」とはもちろん日本の象徴であろうが)、そしてなぜ桜井は途中でいなくなってしまうのか(『ソウル市民一九一九』で、同じ島田曜蔵が演じる相撲取りがやはり途中で消えてしまったことを覚えている観客にとっては、これは渡辺守章がいうところの「演劇的記憶の引用」である)、ということを考えれば、それだけで劇評の五枚や十枚書けてしまうだろう。
だが今回衝撃を受けたのはじつはそんなことではない。このように、見ようによってはひどく薄っぺらい作品を書いてしまうことのできる平田の器用さに私は驚いた。もとより、この作品はキム・ミョンファとの合作であり、平田オリザ個人の作品ではない、といわれるかもしれない。しかし合作の過程でどんなやりとりがあったにせよ、結果として私たちの前に提出されたのは紛れもない平田的世界である。その一方で、『東京ノート』『ソウル市民』といった傑作において示された、人間の愚かさも情けなさもすべて透徹してしまう平田の観察眼(大近松のそれに匹敵するような、といったら平田を持ち上げすぎだろうか)はここでは見られない。図式的に言えば、『その河をこえて、五月』は、スタイルは平田オリザのまま、コンテンツをもっと薄味で「通俗的な」ものにすることで成り立っている、ということになりそうである。
だがことはそう単純ではない。そもそもスタイルとコンテンツという対比は、かつて平田本人が自作と三島由紀夫作品の海外における受容の相違について言及したときに持ち出したものである。日本演劇学会・西洋比較演劇研究会が開催した連続シンポジウム「比較演劇の視点から見た現代日本演劇:若手演出家に聞く」の席上で、平田は「三島由紀夫は西洋演劇のスタイルを用いて、コンテンツ(=作品に表象された異文化としての日本)をアピールすることができたが、彼我のコンテンツの差異がほぼ消滅した現在、自分たちができることは、依然として残っているスタイル(=コミュニケーションの在りかたに集約される文化の様式)の差異をアピールすることである」と説明した。しかし平田はいわゆるスタイリストではない。スタイルを先鋭化させようとするあまり、スタイルそのものが表現の目的であるかのように見えるという点では、たとえば同世代の演出家である安田雅弘や宮城聡のほうがはるかに突出している。平田作品のスタイルはよくも悪くもコンテンツと不可分のものであり、それだけを取り出して論じることはほぼ無意味だろう(たとえば「同時多発会話」というスタイルを単独で論ずることで平田の何がわかるだろうか)。『その河をこえて、五月』における、中国の黄河から吹き寄せる砂塵によって、向こう岸が春霞がかかったようにぼやけて見える、観客席のほうにあることになっているその光景を眺めながら、登場人物たちがそれぞれの思いで佇む、という一幅の絵のような幕切れは、スタイルであるとともにそこにさまざまな意味を読み込むことができるコンテンツでもあるのだ。
本当はそうではないにもかかわらず、平田がスタイルとコンテンツを分離できるかのように語り、かつ実際にそう見えてしまうことがあるのはなぜか。『上野動物園再々々襲撃』のときもそうだった。僅かに残された金杉忠男の草稿から、金杉特有の、きわめて甘ったるい感傷主義に色づけされた、幼少時代への追憶に耽る人々の群像を見事に造形したのを見たときに、私は感心するとともに今更ながらに小林秀雄の「モオツァルト」の以下のような一節を思い出さざるを得なかった。
モオツァルトは、歩き方の達人であった。現代の芸術家には、殆ど信じらない位の達人であった。…(中略)…或る他人の音楽の手法を理解するとは、その手法を、実際の制作の上で模倣してみるという一行為を意味した。彼は、当代のあらゆる音楽的手法を知り尽くした、とは言わぬ。手紙の中で言っている様に、今はもうどんな音楽でも真似出来る、と豪語する。…(中略)…模倣してみないで、どうして模倣出来ぬものに出会えようか。僕は他人の歌を模倣する。他人の歌は僕の肉声の上に乗る他はあるまい。してみれば、僕が他人の歌を上手に模倣すればするほど、僕は僕自身の掛けがいのない歌を模倣するに至る。(『モオツァルト・無常という事』五四─五五頁)
小林がここで議論の前提にしているのは、formとcontentとは異なるものだが、しかし厳密には分けられない、というアリストテレス以来の(そしていまだに続けられている)美学の大命題である。「モオツァルトは、目的地なぞ定めない。歩き方が目的地を作り出した」(五五頁)と書く小林は、作曲をしているときのモーツァルトの意識における形式と内容の分離を指摘しているだけではなく、できあがった作品においてはそれらが不可分であるように聞こえる、ということもまた示唆している。平田もまた「歩き方の達人」として、金杉忠男の、あるいはきわめて効果的な教育劇の、歩き方を真似てみせる。だができあがったものは金杉風でありながらどこか違うし、日韓友好の基礎を築き上げようとしていながらそれだけではないものが提示される。
だが小林はなぜモーツァルトにそのような離れ業ができるのか、ということについては書いていない。「モオツァルト」で小林が提示したほかのすべての主題と同様、それはモーツァルトが天才だというそもそもの出発点にかえってきてしまう。では私たちもここで小林に倣い、平田が天才である、といって終えてしまえばいいのだろうか。私にはそこまで言い切る判断材料はまだない。
ただ一つだけ言えることは、意識の上で内容と形式をあたかも分離できるように扱った劇作家は平田だけではない、ということだ。たとえばブレヒトがそうだった。彼の教育劇『処置』が非難を浴びたのは、このような分離を極限まで推し進めたゆえではなかったか。「党」の組織を守るために若い同志を「処置」したことの正しさを党員たちが確認する、というこの作品のアンチヒューマニスティックな「内容」が、あれほどの波紋を呼ぶとはブレヒトはおそらく予想していなかった。教育劇という「形式」、観客を合唱隊として参加させ判断を下させるというその「スタイル」こそが、この作品の売りであり、そうやって歩いていけば、いつか「目的地」に到着するだろうと無頓着に考えていたに違いないのだ。平田もまた『現代口語演劇のために』で「言いたいことや主張があるわけではない」「真・善・美という近代のイデオロギーから逃れたい」と語り、話題を呼んだことがある。平田のこうした発言は、ブレヒトがそうであったように、芸術作品における(とりわけ戯曲における)「形式」の持つ力を十二分に使いこなすことができるだけの才能が与えられた人間がつかの間抱く感覚から生まれたものなのだ。今回の作品を見る限り、平田は「目的地なぞ定めない。歩き方が目的地を作り出」すと、まだ思っているようだ。たしかにそれが真実なのかもしれない。だが教育劇以降のブレヒトのように、そうした器用さは隠しておいたほうがいい。そのほうが観客から愛されるから。本当は形式に魅入られているのに、自分は内容を気に入ったのだと観客は考えたいものだから。
芝居日記を書くスタンス
予多年吉右衛門と親交あり、斯様の苦言は、差向ひの折にでも云ふべきなれど、然うなし得ざる程にまで、互いの意見は喰ひ違つてゐる。乃ち思つた通りを飾りなく紙上に述べて、本人初め其の周囲の人々に、広く此の筆の声を聞いて貰はうとするのである。予は断言する、今にして悟らずんば、吉右衛門は遂に大歌舞伎の役者でなくなる。
最後に一言添へて置く。歯に衣着せぬ此の言い種は、真の贔屓の代弁である。聴かれずして、絶交も敢て辞せぬ。予は一生を正直で終る意だ。
岡鬼太郎「中村吉右衛門の危機」『演藝画報』第二十二年第十号(昭和三年十月)