燐光群『天皇と接吻』坂手洋二作・演出、下北沢ザ・スズナリ
一九九九年一一月一三日〜二九日
終演後、帰途に就こうとする客でごった返すスズナリの狭いロビーで、劇作家の斎藤憐を見かけた。普段は自分が知りもしない著名な人物に声をかけたりなど気恥ずかしくて決してできないのだが、そのときは思わず言ってしまった:「斎藤先生、どうでしたか? 僕は斎藤先生の『グレイ クリスマス』のほうがずっと面白かったです」。斎藤憐は微笑したあと、一呼吸おいて「僕は面白かったよ」と優しいが厳しい声で言った。家に帰って朝日新聞の夕刊を広げると、ちょうど斎藤憐の連載エッセイの最終回が載っていて、その中で劇作家協会に所属する平田オリザら若い劇作家たちとの交流の楽しさが書かれていた。それを読んで、果敢な試みではあるものの、結局は自作の焼き直しに過ぎない『天皇と接吻』を見ていたときに、この老作家が考えたであろう色々なことを想像した。
この一、二年で、坂手洋二は優れた作品を二作書いている。文学座アトリエの会で上演された『みみず』(1997)と、角野卓三と柄本明の二人芝居『定理と法則』(1997)。19世紀終わり近くになってヨーロッパに登場する「近代劇」が、18世紀の啓蒙思想によって整えられる近代的価値観—たとえば理性への信仰—を批判するものとして、つまり自らの存立基盤を自ら否定するような衝動を内包するものとして、捉えられるのならば、この二作こそは日本にもようやく近代劇と言われるものが書かれるようになった証であった。とりわけ、イプセンの『野鴨』を意識したと思われる前者(イプセン作品における野鴨と同様、みみずは主人公の家族たちによって飼育されているという「現実」であるとともに、象徴的な意味をも担っている)は、明確に言語化され(得)ない衝動や欲望を舞台上に俳優の身体を通して具現するという、近代劇が到達した表現の高みがどのようなものであったかをあらためて確認させてくれるよい機会を与えてくれた。
しかし、これら二作品は坂手の最近の傾向のうち一方を代表するものにすぎない。『みみず』『定理と法則』に共通する特徴は、プライヴェートな空間において会話がなされ、事件が展開することだ。いずれの作品でも、「パブリックなもの」の存在は暗示され、「パブリックなもの」と個人そして/あるいは家族との緊張関係が物語の推進力となるものの、決してそれが表面にでることはない。しかし『天皇と接吻』は、『トーキョー裁判1999』などにつながる、「パブリックなもの」を正面切って扱った作品である。坂手が最近評価されているのは、むしろこちらの系譜に属するものが多いようだが、私はあまり評価しない。なぜなら、「パブリックなもの」を正面切って扱う坂手の作品においては、「プライヴェートなもの」がまったく無視されるわけではなく、なぜか抑圧されたものが噴出するようにプライヴェートな人間関係が前後の文脈とはあまり関係がなく描かれ、しかもその人間関係は型どおりの陳腐なものが多いからだ。『天皇と接吻』でも、主人公とその(レイプされて以来学校の授業に出て来なくなったらしい)恋人との関係は、物語の展開上重要な役割を果たすものの、やはり掘り下げられて書かれてはおらず、陳腐のそしりを免れない。しかも彼女は亡霊のように主人公の意識にとりついている、という設定なのか、舞台の上に時々出てきて立ちつくすその姿は、20年前のアングラ芝居のようでいただけない。そのように考えると、坂手は「パブリックなもの」を正面切って描くのではなく、プライヴェートな人間関係が「パブリックなもの」と接触することで微妙に変化していく物語を−つまりは近代劇のフォーマットに則ってということだが−書いたほうがインパクトは大きいのではないかという気がする。
だが今回の劇評のポイントはそこにはない。朝日新聞でも、NHKで放映された『99年日本演劇を振り返る』でも小田島雄志・大笹吉雄・扇田昭彦の鼎談でも絶賛されていた『天皇と接吻』の政治性を問題にしたい。この作品は、天皇と接吻こそが敗戦直後の日本映画に対するGHQの検閲の大きなポイントであったと指摘する、同名の研究書にインスパイアされて書かれたものであるということになっている。坂手はプログラムでそのことを言及するとともに、ファビアン・バワーズについての岡本嗣郎のドキュメンタリー『歌舞伎を救った男』をはじめとする日本戦後史のさまざまな資料を引用・参照した、と書いている。
しかし、坂手が本当に引用リストに含めなければならなかったのは、斎藤憐の『グレイ クリスマス』(1983)と、秋元松代の『村岡伊平治伝』ではなかったのか。GHQ内での情報局と民生局との対立、1949年の中華人民共和国成立および1950年の朝鮮戦争勃発という極東情勢の急展開によって右傾化、「逆コース」をたどるようになるまでの占領下の日本の内情を描き出した『グレイ クリスマス』と、女衒の頭としてアジア各地に売春婦を輸出することで日本のアジア侵略の片棒を知らずにかつぐことになった男の悲喜劇である『村岡伊平治伝』は、いずれも『天皇と接吻』にとって、重要なモチーフになっている。とりわけ、前者は二重構造になっている『天皇と接吻』における内側の物語、すなわち、日本映画社によって撮影された原爆のドキュメンタリー『日本の悲劇』が、当初GHQのCIE検閲官であるコンデによって奨励されながら、情報局の横槍のおかげで最終的に上演を禁止されてしまうという筋の背景をなしているものだ。今年再演された『グレイ クリスマス』を坂手が見ていたと考えるのは不自然ではないし、ひょっとしたら15年前の初演を見ていたのかもしれない。というのも、初演時のパンフレットに寄せたエッセイで、斎藤は当時いち早く日本が「逆コース」を辿ることを予測した新聞記者マーク・ゲインの『ニッポン日記』について言及しているのだが、じつは『天皇と接吻』の中でも、日本がこれから右傾化することを予言した「マーク・ゲインという記者の署名記事」が読まれるのだ。『ニッポン日記』そのものではなく、実際のものかわからない新聞記事を持ってきたところに、坂手の「お里が知れぬように」という作為を感じる、というのはあまりにも意地の悪い見方だろうか。 もちろん、こうした事実を持ってしても、『天皇と接吻』には見るべきところがある、と主張することは可能だろう。外枠の物語として、高校の学園祭での映画『天皇と接吻』の上演をめぐる、教師、映画部の部員、そして保守反動たる日本史研究会の連中などが織りなす緊張関係を描くことで、坂手は1950年代の逆コースとまさに同じことが現在の日本に起きているのだということを斎藤よりずっと明確に示したと考えることもできる。『グレイ クリスマス』においては、斎藤の他の作品と同様、舞台で起きている事件を現在の状況に重ね合わせて見ることは観客の手に委ねられており、ということはつまり、観客が無自覚であれば、単なる大河ドラマ、華麗な歴史絵巻物として捉えられてしまう可能性があるのに対し、『天皇と接吻』ではそのような甘い見方は決して許されない。あるいは少なくとも、野田秀樹が『パンドラの鐘』において、天皇の戦争責任という純粋に政治力学上の問題を解決するのに、心情左翼よろしく情緒的な反応をするにとどまっている(しかもそれが野田固有のロマンチシズムと悪い具合に化合して説得力を持ってしまっている)のに比べれば、政治的な現実の微妙な力関係をずっとうまく表象している、ということも言えるだろう。
しかし、そのような先鋭的な政治意識に満ちた作品であるだけに、坂手が自分の想像力の出発点となったに違いない上記二つの作品を参考文献として挙げていないのはなおさら残念なのだ。政治的な目標をかかげた運動は、そこに至るまでの歴史的な経緯を無視しては何も効果を上げられない。粘り強く絶え間のない働きかけこそが、現実を変えていく力を持つ。そんなことを知らぬわけでもあるまいに、自分の作品が「今、ここ」というアクチュアルな現実と切り結んでいることを強調したいからなのか、坂手はそれが歴史的な連続性の延長にあることを明言しない。天皇制批判や戦後政治の右傾化批判は、なにも坂手や野田がはじめて取り挙げた主題ではなく、戦後劇作家たちが一貫して取り組んできた主題なのだ。たしかに80年代の小劇場運動で政治的な演劇の流れはいったん途絶えたが、70年代まではアングラも新劇も手を携えて行ってきたことなのだ。それをなにか「目新しい」ような装いをして観客に売り込んだとしても、それはこれまでと同様、ファッションとして消費されるにすぎない。たとえば坂手がパンフレットに『グレイ クリスマス』と『村岡伊平治伝』と書けば、『天皇と接吻』に感銘を受けた観客の中には手にとってこれらの作品を読もうと考えるものもいるかもしれない。そういうふうにしてはじめて、日本の現代演劇の「伝統」は形成されていくはずなのだ。鐘下が最近新劇作品を演出しているのは、そのような伝統の形成について彼なりに計算をしているからであろう。劇作家としての才能という点は鐘下より優れている坂手がそのことに早く気づいてくれることを祈るばかりである。
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歴史性を捨象した政治性など何の意味もない
燐光群『天皇と接吻』坂手洋二作・演出、下北沢ザ・スズナリ
一九九九年一一月一三日〜二九日
終演後、帰途に就こうとする客でごった返すスズナリの狭いロビーで、劇作家の斎藤憐を見かけた。普段は自分が知りもしない著名な人物に声をかけたりなど気恥ずかしくて決してできないのだが、そのときは思わず言ってしまった:「斎藤先生、どうでしたか? 僕は斎藤先生の『グレイ クリスマス』のほうがずっと面白かったです」。斎藤憐は微笑したあと、一呼吸おいて「僕は面白かったよ」と優しいが厳しい声で言った。家に帰って朝日新聞の夕刊を広げると、ちょうど斎藤憐の連載エッセイの最終回が載っていて、その中で劇作家協会に所属する平田オリザら若い劇作家たちとの交流の楽しさが書かれていた。それを読んで、果敢な試みではあるものの、結局は自作の焼き直しに過ぎない『天皇と接吻』を見ていたときに、この老作家が考えたであろう色々なことを想像した。
この一、二年で、坂手洋二は優れた作品を二作書いている。文学座アトリエの会で上演された『みみず』(1997)と、角野卓三と柄本明の二人芝居『定理と法則』(1997)。19世紀終わり近くになってヨーロッパに登場する「近代劇」が、18世紀の啓蒙思想によって整えられる近代的価値観—たとえば理性への信仰—を批判するものとして、つまり自らの存立基盤を自ら否定するような衝動を内包するものとして、捉えられるのならば、この二作こそは日本にもようやく近代劇と言われるものが書かれるようになった証であった。とりわけ、イプセンの『野鴨』を意識したと思われる前者(イプセン作品における野鴨と同様、みみずは主人公の家族たちによって飼育されているという「現実」であるとともに、象徴的な意味をも担っている)は、明確に言語化され(得)ない衝動や欲望を舞台上に俳優の身体を通して具現するという、近代劇が到達した表現の高みがどのようなものであったかをあらためて確認させてくれるよい機会を与えてくれた。
しかし、これら二作品は坂手の最近の傾向のうち一方を代表するものにすぎない。『みみず』『定理と法則』に共通する特徴は、プライヴェートな空間において会話がなされ、事件が展開することだ。いずれの作品でも、「パブリックなもの」の存在は暗示され、「パブリックなもの」と個人そして/あるいは家族との緊張関係が物語の推進力となるものの、決してそれが表面にでることはない。しかし『天皇と接吻』は、『トーキョー裁判1999』などにつながる、「パブリックなもの」を正面切って扱った作品である。坂手が最近評価されているのは、むしろこちらの系譜に属するものが多いようだが、私はあまり評価しない。なぜなら、「パブリックなもの」を正面切って扱う坂手の作品においては、「プライヴェートなもの」がまったく無視されるわけではなく、なぜか抑圧されたものが噴出するようにプライヴェートな人間関係が前後の文脈とはあまり関係がなく描かれ、しかもその人間関係は型どおりの陳腐なものが多いからだ。『天皇と接吻』でも、主人公とその(レイプされて以来学校の授業に出て来なくなったらしい)恋人との関係は、物語の展開上重要な役割を果たすものの、やはり掘り下げられて書かれてはおらず、陳腐のそしりを免れない。しかも彼女は亡霊のように主人公の意識にとりついている、という設定なのか、舞台の上に時々出てきて立ちつくすその姿は、20年前のアングラ芝居のようでいただけない。そのように考えると、坂手は「パブリックなもの」を正面切って描くのではなく、プライヴェートな人間関係が「パブリックなもの」と接触することで微妙に変化していく物語を−つまりは近代劇のフォーマットに則ってということだが−書いたほうがインパクトは大きいのではないかという気がする。
だが今回の劇評のポイントはそこにはない。朝日新聞でも、NHKで放映された『99年日本演劇を振り返る』でも小田島雄志・大笹吉雄・扇田昭彦の鼎談でも絶賛されていた『天皇と接吻』の政治性を問題にしたい。この作品は、天皇と接吻こそが敗戦直後の日本映画に対するGHQの検閲の大きなポイントであったと指摘する、同名の研究書にインスパイアされて書かれたものであるということになっている。坂手はプログラムでそのことを言及するとともに、ファビアン・バワーズについての岡本嗣郎のドキュメンタリー『歌舞伎を救った男』をはじめとする日本戦後史のさまざまな資料を引用・参照した、と書いている。
しかし、坂手が本当に引用リストに含めなければならなかったのは、斎藤憐の『グレイ クリスマス』(1983)と、秋元松代の『村岡伊平治伝』ではなかったのか。GHQ内での情報局と民生局との対立、1949年の中華人民共和国成立および1950年の朝鮮戦争勃発という極東情勢の急展開によって右傾化、「逆コース」をたどるようになるまでの占領下の日本の内情を描き出した『グレイ クリスマス』と、女衒の頭としてアジア各地に売春婦を輸出することで日本のアジア侵略の片棒を知らずにかつぐことになった男の悲喜劇である『村岡伊平治伝』は、いずれも『天皇と接吻』にとって、重要なモチーフになっている。とりわけ、前者は二重構造になっている『天皇と接吻』における内側の物語、すなわち、日本映画社によって撮影された原爆のドキュメンタリー『日本の悲劇』が、当初GHQのCIE検閲官であるコンデによって奨励されながら、情報局の横槍のおかげで最終的に上演を禁止されてしまうという筋の背景をなしているものだ。今年再演された『グレイ クリスマス』を坂手が見ていたと考えるのは不自然ではないし、ひょっとしたら15年前の初演を見ていたのかもしれない。というのも、初演時のパンフレットに寄せたエッセイで、斎藤は当時いち早く日本が「逆コース」を辿ることを予測した新聞記者マーク・ゲインの『ニッポン日記』について言及しているのだが、じつは『天皇と接吻』の中でも、日本がこれから右傾化することを予言した「マーク・ゲインという記者の署名記事」が読まれるのだ。『ニッポン日記』そのものではなく、実際のものかわからない新聞記事を持ってきたところに、坂手の「お里が知れぬように」という作為を感じる、というのはあまりにも意地の悪い見方だろうか。
もちろん、こうした事実を持ってしても、『天皇と接吻』には見るべきところがある、と主張することは可能だろう。外枠の物語として、高校の学園祭での映画『天皇と接吻』の上演をめぐる、教師、映画部の部員、そして保守反動たる日本史研究会の連中などが織りなす緊張関係を描くことで、坂手は1950年代の逆コースとまさに同じことが現在の日本に起きているのだということを斎藤よりずっと明確に示したと考えることもできる。『グレイ クリスマス』においては、斎藤の他の作品と同様、舞台で起きている事件を現在の状況に重ね合わせて見ることは観客の手に委ねられており、ということはつまり、観客が無自覚であれば、単なる大河ドラマ、華麗な歴史絵巻物として捉えられてしまう可能性があるのに対し、『天皇と接吻』ではそのような甘い見方は決して許されない。あるいは少なくとも、野田秀樹が『パンドラの鐘』において、天皇の戦争責任という純粋に政治力学上の問題を解決するのに、心情左翼よろしく情緒的な反応をするにとどまっている(しかもそれが野田固有のロマンチシズムと悪い具合に化合して説得力を持ってしまっている)のに比べれば、政治的な現実の微妙な力関係をずっとうまく表象している、ということも言えるだろう。
しかし、そのような先鋭的な政治意識に満ちた作品であるだけに、坂手が自分の想像力の出発点となったに違いない上記二つの作品を参考文献として挙げていないのはなおさら残念なのだ。政治的な目標をかかげた運動は、そこに至るまでの歴史的な経緯を無視しては何も効果を上げられない。粘り強く絶え間のない働きかけこそが、現実を変えていく力を持つ。そんなことを知らぬわけでもあるまいに、自分の作品が「今、ここ」というアクチュアルな現実と切り結んでいることを強調したいからなのか、坂手はそれが歴史的な連続性の延長にあることを明言しない。天皇制批判や戦後政治の右傾化批判は、なにも坂手や野田がはじめて取り挙げた主題ではなく、戦後劇作家たちが一貫して取り組んできた主題なのだ。たしかに80年代の小劇場運動で政治的な演劇の流れはいったん途絶えたが、70年代まではアングラも新劇も手を携えて行ってきたことなのだ。それをなにか「目新しい」ような装いをして観客に売り込んだとしても、それはこれまでと同様、ファッションとして消費されるにすぎない。たとえば坂手がパンフレットに『グレイ クリスマス』と『村岡伊平治伝』と書けば、『天皇と接吻』に感銘を受けた観客の中には手にとってこれらの作品を読もうと考えるものもいるかもしれない。そういうふうにしてはじめて、日本の現代演劇の「伝統」は形成されていくはずなのだ。鐘下が最近新劇作品を演出しているのは、そのような伝統の形成について彼なりに計算をしているからであろう。劇作家としての才能という点は鐘下より優れている坂手がそのことに早く気づいてくれることを祈るばかりである。