栗林元二郎『運命の別れ道』

吉岡道夫氏のサイト内の記事、北の創造者たち⑤には以下のようにある。

[栗林元二郎は道庁から]北海道の嘱託として移民招致係になって欲しいと頼まれる。大正13年のことであった。

 道庁嘱託の辞令を受けた元二郎は、突然「活動写真をつくる」と言い出して役人を慌てさせる。筋は東北からやってきた一農村青年が北海道で開拓に成功し、道庁の表彰を受けるというもの。なんのことはない元二郎そのものの伝記映画である。

 どのように予算を工面したかは不明だが、主演は曾我廼家五郎、役者一行40名を札幌の円山公園に作ったオープンセットに缶詰にし、制作費1800円也でPR映画を作ってしまった。

 この映画を担いで、元二郎は東北各県を興行して歩いた。映画が終ると北海道移住を説き、クライマックスには伊達一族の北海道開拓物語で盛り上げた。戊辰の役で、悲運を一身に背負った東北の雄藩「伊達家」の開拓成功譚は、東北人の涙を誘い、大地への夢をかきたてた。

道民活動文化振興課の西田氏が八紘学園栗林記念館の佐藤氏に問い合わせていただき、上記映画の題名が「運命の別れ道」ではないかということがわかった。またそれとは別に、北海道庁文書館(閲覧室011-204-5077)に昭和初期の拓殖関係の映写フィルムリールを120分のビデオテープ5本にしたものがあるのでそこに入っている可能性があることもわかった。

これらは当時の道庁拓殖部植民課が予算を拠出したものであり、現在は札幌テレビ放送局(STB)が著作権を持っているということも西田氏に教えていただいた。

佐藤氏には直接お電話をし、昭和四十年代の北海タイムス(もしかすると北海新聞)にこの映画について取材を受けたときの記事があるので探してあればファックスで送っていただける、ということになった。

また、吉岡氏にはメールをして、映像資料は北海道議会図書資料室や北海道立図書館にもあるかもしれない、という示唆をいただいた。北海道議会図書資料室には電話をして、地下に古い書籍が眠っているということをお聞きした。

北広島市立図書館本館(札幌からJRで16分)には佐藤さんが編さんされた『八紘学園七十周年史』(二〇〇二)があるので、まずこちらを手がかりにしたい。2月23日が図書整理日で休館なので、2月21日北海道入りした当日にあたってみよう。

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