『曽我廼家五郎新聞切抜帳』には、出典は不詳であるものの、[一九二一年]拾月拾五日と肉筆で書き込みがある記事があり、その見出しには「曽我廼家五郎が 仮舞台の上で 義侠的演劇 村芝居の如なザツな舞台装置も檜舞台以上の感銘 平民労知組合披露会」とある。 十五日午後一時半から市内子安町七島の平民労知組合で住宅組合の披露会を催した折柄の好天気で来会者続々として会場は忽ちの中に充満した同所は空気新鮮にして交通の便よく郊外住宅地としては至極適当である家屋は全部平屋で割合に住心地の良いやうに建てられてある、定刻に至るや住宅地内の空地に設けられた仮舞台の上に組合の幹事吉村成徳氏が立つて今日のお祝ひの意義と簡単な挨拶があつて退くと程なく幕が開て余興曽我廼家五郎の独特なる喜劇が展開した外題は『二筋道』で五郎外一座の連中が鋭い日差しを頭上から浴び乍ら大車輪で活動し悉くの人を笑殺した、観覧席は頗る異観を呈してゐる組合の団員を主としてあるだけに中流以下の人達が草の上に敷かれた茣蓙の上に静粛に座つてゐる、一寸見ると村芝居の如で舞台装置も有合せの雑なものだが五郎入神の【ルビ開始(ぎ)】投【ママ】【ルビ終了】は桧舞台以上の感銘を与えた、曽我廼家が特に出演したのが義侠的な事柄であるだけ一層興味が多いのは嬉しかつた引続き幾幕を演じた後義太夫、講談の余興があり終つて加治団長の懇篤なる挨拶があって午後五時頃目出度く散会した この「市内子安町七島」は横浜市子安町七島字のことで、いまは七島町と改名されている。『横浜都市発展記念館紀要』第二号(二〇〇六年)七五頁、青木祐介「【資料目録】岩崎金太郎旧蔵建築図面」に子安町七島住宅の写真が掲載されている。横浜開港資料館の写真帳からの転載だというが、閲覧はできない。
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平民労知組合
『曽我廼家五郎新聞切抜帳』には、出典は不詳であるものの、[一九二一年]拾月拾五日と肉筆で書き込みがある記事があり、その見出しには「曽我廼家五郎が 仮舞台の上で 義侠的演劇 村芝居の如なザツな舞台装置も檜舞台以上の感銘 平民労知組合披露会」とある。
十五日午後一時半から市内子安町七島の平民労知組合で住宅組合の披露会を催した折柄の好天気で来会者続々として会場は忽ちの中に充満した同所は空気新鮮にして交通の便よく郊外住宅地としては至極適当である家屋は全部平屋で割合に住心地の良いやうに建てられてある、定刻に至るや住宅地内の空地に設けられた仮舞台の上に組合の幹事吉村成徳氏が立つて今日のお祝ひの意義と簡単な挨拶があつて退くと程なく幕が開て余興曽我廼家五郎の独特なる喜劇が展開した外題は『二筋道』で五郎外一座の連中が鋭い日差しを頭上から浴び乍ら大車輪で活動し悉くの人を笑殺した、観覧席は頗る異観を呈してゐる組合の団員を主としてあるだけに中流以下の人達が草の上に敷かれた茣蓙の上に静粛に座つてゐる、一寸見ると村芝居の如で舞台装置も有合せの雑なものだが五郎入神の【ルビ開始(ぎ)】投【ママ】【ルビ終了】は桧舞台以上の感銘を与えた、曽我廼家が特に出演したのが義侠的な事柄であるだけ一層興味が多いのは嬉しかつた引続き幾幕を演じた後義太夫、講談の余興があり終つて加治団長の懇篤なる挨拶があって午後五時頃目出度く散会した
この「市内子安町七島」は横浜市子安町七島字のことで、いまは七島町と改名されている。『横浜都市発展記念館紀要』第二号(二〇〇六年)七五頁、青木祐介「【資料目録】岩崎金太郎旧蔵建築図面」に子安町七島住宅の写真が掲載されている。横浜開港資料館の写真帳からの転載だというが、閲覧はできない。