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読売新聞の杉山弘は劇評を書くのをいますぐにやめろ。
いろいろあって(わけはきかんでくれ)いまは読売新聞を購読している。 10月17日付けの夕刊にのった『三文オペラ』の劇評を読んで驚愕した。以下引用。 電光掲示板を使った遊び心のある案内は気が利いているが、物語の展開を先取り […]
飯塚友一郎『国民演劇と農村演劇』
実際の演劇は必ずしも規範的演劇論によつては支配されない。現実の劇塲を支配する力は芸術論ではなくて、むしろ、政治と経済の二つの大きな力であつた。演劇学徒の説く演劇作法や演劇政策は、これまでの天下泰平時代には、僅かに教壇の講 […]
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庭劇団ペニノ『笑顔の砦』
ポツドールの『激情』はATG(根岸吉太郎『遠雷』がいちばんよく似ている)、『笑顔の砦』は歌舞伎、しかも丸本もの。演技のつけかたがまったく違う。前者は役者の衝動を写し取り、後者は人形の動きを忠実になぞる。『笑顔の砦』は一見 […]
志ん生の落語を好きではない理由
グレン・グールドがピアノソナタ全集を録音するにあたって、中期以降のモーツァルトの堕落ぶり、客受けを狙って安易なフレージングを多用するところを痛罵したのは有名な話だが、志ん生もそんなところがある。 そういうところが一切ない正蔵はさしずめJ・S・バッハというところか。
なぜ私は国際演劇評論家協会(AICT)日本センター会員をやめたか
一万円の会費を払うのがバカらしいから。そうまでして紙媒体の『シアターアーツ』を発行しなくてはいけない理由が私には理解できないから。 演劇批評が「食っていけない」ものであることはわかる。演劇批評でまともな対価をもらえるのは […]
曾我廼家庭劇
笹川氏といっても、この人は舞台人ではないから、一般には知られていないのも無理は無いが、東京方の五郎にとって、或いは遠からぬ将来に具体化するかも知れない東西五郎の合同の場合にとって、無くてはならぬ重要な人といってもいいようである。 根は貿易商ということだが、第一次世界大戦勃発当時というから大正三年、いまから三十七、八年も前に、当時外遊中の初代五郎と英国ロンドンで知り合っていわゆる肝胆相照らす間柄となり、以来五郎一座の後援会長を飽きずに勤めて来たというから因縁まことに浅からず、こんな関係で、二代目五郎一座の総務となったのも宜なるかなというところだろうか、この縁の下の力持ちのためにも、新発足曾我廼家庭劇の面々は結束を固くしてやって行って貰いたいものである。
戸板康二「折口先生の芝居の歌」『短歌増刊』
曽我廼家のしばゐを見たり。老いづける兄をしひたぐるを見て おもふなり このすぐ次に「年たけてたゞ二人のみ、残りはらからゆゑに、思はざらめや」と続く。大阪という連作十首の、おわりから二首目の歌である。 郷里の家に帰って […]
毛皮族『脳みそぐちゃぐちゃ人間』
冒頭で導入される『娘道成寺』のイメジャリが途中で無惨に消え失せてしまい、前回と同様ラブ&ピースのメッセージに回帰してしまうのは明らかに脚本上の欠陥。とはいえ、宝塚ではなくて歌舞伎のパロディをやるというのは新しい試みで、し […]
『ジャックとその主人』