Cradle Will Rock (1999)

なぜか以前書いたままアップロードしていなかった。

非常勤先ではアメリカ演劇史を教えているのだが、今日は連邦演劇計画(Federal Theatre Project)について説明した。

前週の範囲のメロドラマの解説が終わっておらず、そこからはじめて、結局今日も全部は終わらなかったのだが、講義で見せようと思って前日に Cradle Will Rock (1999)を久しぶりに見た。

はじめて気づいた。これって Band Wagon (1953) の本歌取りになっているじゃないか! なぜ今まで気がつかなかったのか。

本番直前のリハーサルが準備不足でめちゃくちゃになる。舞台装置が落っこちてきたり、俳優が出はけのきっかけを間違えたりする。

実話に基づいているとはいえ、入念な準備をもって鳴らした Orson Wells のことだから、まさか本当にそんなことがあったわけではないだろう、話を大げさにして面白おかしく語っているのだ、と漠然とは思っていた。

これはBand Wagon のなかで、Jeffrey Cordovaの構想のもと作られる新しいファウスト伝説がとてつなく壮大なものになり、きっかけが多すぎて俳優たちは混乱し、稽古不足から失敗を重ね、本番直前のリハーサルがめちゃくちゃになる、というところを持ってきているのである。

連邦演劇計画で Band Wagon が上演されたというニュースが挿入されるのは、制作者側が自分のネタをバラシているのだ。実際にこの時期に、Band Wagon という作品が上演されたという記録は(調べたかぎりではない)。

ちなみに Cradle Will Rock を『ゆりかごは揺れる』と訳すのは間違いではないか。劇中で何度も言及されるように、cradle とは権力の象徴であり、それが「ぐらつくことがある」(rock)という意味で言っているのならば、「ゆりかごが揺れる」というごく当たり前の事象にたとえるわけはない。

Federal Theatre Project をフェデラル劇場プロジェクトと訳すのはいただけない。日本語版ウィキペディアでは連邦劇場計画となっており、たしかに「連邦劇場」は各地に作られたわけだが、しかしやはり「連邦演劇計画」と訳すべきだろう。

Posted in ミュージカル, ミュージカル以外のアメリカ演劇 | Leave a comment

仲木貞一と小寺融吉の野外劇

仲木貞一「喜劇 神隠し」『早稲田文学』第七〇号(一九一一年九月)

仲木貞一「屍体の来るまで」『早稲田文学』第一〇〇号(一九一四年三月)

仲木貞一『現代文芸叢書 第四十二編 暁』(春陽堂、一九一四年)

仲木貞一「史劇 柿実る村」『早稲田文学』第一七七号(一九二〇年八月)

仲木貞一「柿実る村」「地に匍匐して」「山賊と首」『現代戯曲全集 第十四巻』(国民図書、一九二五年)

仲木貞一「柿実る村」「山賊と首」「春霞墨田堤」「首は飛ぶ」『日本戯曲全集現代篇第五輯(第三十七巻)』(春陽堂、一九二八年)

仲木貞一『蝕める恋』(雄文閣、一九三二年)[「マダムX」「 真間の手児奈」「桜散る夜」「飛行曲」「蝕める恋」「春霞墨田堤」「地に匍匐して」「指輪の行方」「柿実る村」「山賊と首」]

仲木貞一『マダムX』(雄文閣、一九三二年)

仲木貞一『飛行曲』(雄文閣、一九三二年)

仲木貞一『公共劇の理論と実際』(社会教育協会、一九二七年)

『石川県大百科事典』

永田衡吉「小寺融吉小伝」『民俗芸能・明治大正昭和』(錦正社、一九八二年)

戸板康二「小寺融吉」『演芸画報・人物誌』(青蛙房、一九七〇年)

小寺融吉「安寿姫と厨子王丸<脚本六種>」『早稲田文学』第一九一号(一九二一年十月)

小寺融吉「史劇葛城の岩橋」『早稲田文学』第二一八号(一九二四年四月)

小寺融吉「久米の仙人<一幕物三種>」『早稲田文学』第二三七号(一九二五年十月)

小寺融吉「真間の手古奈」『現代戯曲全集 第十五巻』(国民図書、一九二五年)

小寺融吉「人の世の嘆き」「久米の仙人」『日本戯曲全集現代篇第五輯(第三十七巻)』(春陽堂、一九二八年)

小寺融吉「誘惑(一幕)」『演劇研究』第一巻第一号(一九二五年)

小寺融吉「アバタの勝利」『演劇研究』第二巻第七号(一九二六年)

大正元年創刊の『演劇研究』が揃っているところはどこもない。国会図書館はまったく所蔵していない。近場では、昭和女子大学の近代文庫が結構持っている。ただし「近代文庫の資料の複写は院生以上の研究者、当館のみ所蔵の資料に限られる」。

小寺は『上方趣味』にも書いているようだ。

『東京市社會局社會教育課事業概況』(東京市社會局社會教育課、一九二五年)

Read More »

Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

しとやかな獣

川島雄三監督『しとやかな獣』(一九六二年)の音楽は池野成が担当している。テレビから聞こえてくるゴーゴーと重ね合わされている有名な場面を含め、劇中では能楽囃子が何度か使われるが、一箇所だけ詞章が聞こえるところがあって、そこからこれが能『海人』のなかの、海人が竜宮から奪い取ってきた玉をめぐって海中で竜と争うクライマックスの「玉ノ段」であることがわかる(*)。

能楽囃子の使用を提案したのが川島であることは、CD『池野成の音楽』のライナーノーツに書いてあるし、川島のもとで助監督として働いていた頃のことを実録風に描いた藤本義一の傑作短編「行き急ぎの記」には、川島がこうしたシュルレアリスム的な、文脈の異なるものを重ね合わせる手法が好みであったことが記されている。

能楽囃子のなかでもとくに『海人』を使うというアイデアが川島のものなのか、池野のものなのか、あるいは脚本を担当した新藤兼人のものなのかはかわからない。とはいえ、『しとやかな獣』のラストで団地を遠景で映し出す画面の手前には海が写っており、少なくとも彼らのあいだでは、この作品における隠れた主題が海と人間の関係であるという合意が得られていたことがわかる。

その直前でも、船越英二演じる税務署員神谷栄作が飛び降り自殺をするために団地の階段を昇っていったあとに雷鳴がとどろき、雨が降り始める。それは海に飛び込む海人のようでもある。もちろん『海人』の前シテである海人は女性であり、息子(子方の房前大臣=藤原房前)の出世のために自らの命を犠牲にして玉を取り返しに海に潜るのであるから、神谷はこの作品における海人だ、と主張するのは一見無理がある。だが神谷は死ぬ直前になんとしても三谷幸枝(若尾文子)を守る、と言っていることを思い出せば、神谷が自殺したのは逮捕されたり失職したりすることに脅えたからではなく、三谷を守るためであることがわかる。

三谷との間に取り交わされた秘密を天国まで(あるいは地獄まで)持っていこうと考えて神谷は自死を選ぶ。そして三谷がホテル経営を手がかりに今後次々と事業を拡大していくことが予想されることを考えれば、これは男と女が逆になった『海人』の物語、自分の愛する人間の出世を願って自分の命を海に与える、という物語であることがわかる。

Read More »

Posted in 日本の同時代演劇, 映画 | Tagged | Leave a comment

『ミカド』初演について

以下は共同研究者のサミュエル・ライター先生の依頼により調べてわかったことである。また、ライター先生に教えてもらったことも多くあるので、これは私のオリジナルのリサーチではないことを断っておく。

『ミカド』日本初演は一九四八年一月二十九日、日比谷公会堂である。三日間の公演で同月三十一日まで行った。

『読売新聞』一九四八年一月一日付、十一日付、十四日付、十五日付の紙面に同公演の宣伝が載っている。

『朝日新聞』一九四八年一月三十一日付紙面には初日の公演について短い劇評が載っている(追記参照のこと)。

猪瀬直樹『ミカドの肖像』には、日本初演は一九四八年十二月二十五日の東京劇場であるという趣旨の記述があるが、これは誤りである。

このときにも公演は行われたが、これは再演になる。

この二つの公演の演出をおこなった伊藤道郎は一九四六年二月アーニー・パイル劇場で占領軍兵士のみを相手にした『ミカド』公演を行っている。

一九四七年六月に東京劇場で公演を計画するが、初日直前になってGHQから中止を命じられる。

表向きの理由は著作権問題だが、猪瀬が関係者に取材した結果は、対日理事会においてイギリスがアメリカにいやがらせをしたかららしい。

ただし、『タイム』一九四六年七月十六日付の記事には、「今は『ミカド』を上演するのにふさわしいときではない」(”This is not the time for Japanese to perform The Mikado”)と連合軍の将校がアメリカの新聞記者たちに語った、という記述がある。

http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,855746,00.html

猪瀬が言うには、アール・エルンストが『ミカド』を上演すれば『忠臣蔵』の上演が可能になるといって松竹を説き伏せたということなのだが、いずれにせよ天皇制への言及が問題になったことは間違いがない。

大笹吉雄『日本現代演劇史』には帝国劇場で一九四八年二月に公演が計画されたという趣旨の記述がある。この記述の正否自体はまだ確かめられていないが、そもそも同年一月には上演されていたのだから、これだけでは片手落ちだろう。大笹は上演禁止になった一九四六年七月公演にも言及していない。

Read More »

Posted in 日本の同時代演劇 | Leave a comment

ある作品の邦訳があるかどうかを調べるには

Q:ある作品に邦訳があるかどうかを調べるのはどうしたらいいでしょう? 

A:いちばん簡単なのは、国会図書館のサイトで作家名を和名で入れて調べることです。ただし、国会図書館が所蔵していない本というのもまれにあります。そういうときは、日外アソシエーツ『翻訳図書目録』などを使うとよいでしょう。詳しくは

http://www.mita.lib.keio.ac.jp/reftool/right_translation.html

を参照してください。

Posted in ミュージカル以外のアメリカ演劇 | Leave a comment

特集・占領下の演劇

『悲劇喜劇』第二十八巻第二号ー第四号(一九七五年二月ー四月)は「特集・占領下の演劇」。

特集・占領下の演劇1

八田元夫「敗戦直後の演劇状況ーー一九四五年〜一九四八年」

茨木憲「占領下の戯曲」

宮川雅青「敗戦直後の前進座ーー主として翻訳劇のこと」

瓜生忠夫「新演劇人協会を背負って」

吉川義雄「お釈迦様でも」

伊藤武郎「大ページェントのころのこと」

佐貫百合人「占領下の歌舞伎ーー検閲官フォビアン・バワーズの回想」

菅井幸雄「ドキュメント・占領下の演劇(1)」

特集・占領下の演劇2

井沢淳「戦後の演劇ーーそのころはおかしなこともあったーー」

皆川滉「再建新協劇団と第一次労演」

大橋喜一「占領下の自立演劇」

倉林誠一郎「劇場変遷」

蜂野豊夫「キウリと筋 ーー戦後の井上正夫」

菅井幸雄「ドキュメント・占領下の演劇(2)」

特集・占領下の演劇3

中島健蔵「実験劇場のころ」

浜村米蔵「実験劇場の覚えがき」

金子市郎「無腰の新国劇」

中川龍一「I・T・I日本センターと北村喜八」

大岡欽治「占領下の関西新劇」

樋口譲「トンプソン氏の思い出」

加藤嘉「レッド・パージのころ」

橋本与志夫「ストリップとプレス・コード」

戸板康二「三越劇場の新劇」

菅井幸雄「ドキュメント・占領下の演劇(3)」

Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

左団次が自由劇場をはじめた理由

「戦前派田中絹代 戦後派島崎雪子 対談 映画の世界の裏表」という『讀賣新聞』一九五〇年十月十四日付朝刊四面の記事で、田中絹代がアメリカに行って得られたことは何かと記者に聞かれて「それはもう、大変な勉強になりました、しかし帰つてから何も彼も思つていることと違つて…このお話はよしましょう」と答えると、それを引き取ったかたちで久保田万太郎は以下のように言う。

そんなことはないよ。死んだ左団次が洋行した時なかなか西洋へゆくなど大変な時代だからヒイキなどの見送りも盛大なものだつた、向うへ行つて今まで見もしなかつたものにぶつかり大いに反省させられた、そんな心で帰つた時新橋駅が大変な歓迎団と聞き品川で降りたというんだ。どうしてもそんなお祭りさわぎをうける気持ちにならなかつたんだナ、ところがヒイキは“西洋へ行つて生意気になった”とおこり、明治座で茶屋も出方も廃した新興行をしたがこれがまるつきり不入り、その上幕があがると大変な怒声でとうとうこの新システムも三日間で打ち切つてしまつた、そして“人気”に対するうたがいをもつた。これが明治座を売つて自由劇場をはじめさせた原因だ。

Posted in 日本近代演劇, 歌舞伎 | Leave a comment

ジュリアン・ベックの出演している『ポルターガイスト2』

リヴィング・シアターのジュリアン・ベックは胃がんだと診断されてからスピルバーグの『ポルターガイスト2』に出演した。日本ではDVDは未発売だが、YouTubeでその一部を見ることができる。

Henry Kane “Let me in”!http://jp.youtube.com/watch?v=2OaG9bvSJBI&feature=related

死期が迫っていたせいだからなのか、やせこけ、頬の肉がこそげ落ちて目玉だけがぎらぎらと光る奇怪な風貌がまず目を引くが、それ以上に全身から発散されている気のようなものも強く感じられる。いかにも往年のヒッピーといった話しかたなので、”You’re gonna die!” という恐ろしいはずの絶叫が間抜けに聞こえて笑ってしまう。

Julian Beck, Judith Malina – The Living Theatre May 17, 1975

http://jp.youtube.com/watch?v=BXKBuTyTY9g&feature=related

はまさにリヴィング・シアターの全盛期の時代のフィルム。

Posted in ミュージカル以外のアメリカ演劇 | Leave a comment

『表裏源内蛙合戦』

若き井上ひさしの真の意味での実験作。たくさんの実験が試みられている。四時間あまりの上演時間の大半を「演劇」の濃密な時間としてではなく、「演芸」のゆるやかな時間として観客に体験させること。セックスの露骨な描写を通して、そして人体解剖のグロテスクな場面を通して、観客席のブルジョア的道徳を撃つこと。日本語のミュージカルを作ること。そして、「手鎖心中」と同様、六八年革命の失敗を美化することなく観客に思い起こさせ、その結果、私たちが失ってしまったものが何かを訴えること。どれ一つとして今の観客に通用しそうもないものであるが、蜷川はあえてこの反時代的戯曲をとりあげ、スター芝居に見せかけて、ブルジョア芝居の牙城シアターコクーンで上演するという硬骨漢ぶりを示した。

勝村政信をはじめとする俳優陣も、この芝居を今上演することの意味をはっきりわかって演じていた。「美しい明日」はたんに歌詞だけではなく、高岡早紀の、六平直政の、勝村政信の思いがこもっており、その本当の意味がわかるものに涙を流させた。とくに、勝村政信の声はいい。

朝比奈尚行の音楽は可もなく不可もなし、というところだが、これが本当に才能のある音楽家によって作曲されていたとしたら、もっとインパクトはあっただろう。ソンドハイムにこの戯曲を読ませたいよ。

こういうのを見ると、シアターコクーン常連の、野田秀樹の反体制気取りが、勘三郎の「枠を破る」試みが、あるいは松尾スズキのグロテスクなものへの偏愛が、いかに中途半端かよくわかる。吉原の場面で、腑分けの場面で、多くの観客は本当に引いていたぞ。顔を背けたくなるぐらい生々しく、グロテスクだったから。シアターコクーンの制作者たちは顔を青くしていたのではないか。ヴィヴァ七十代! 四十代、五十代はそれに比べるとだめだ。

Posted in 日本の同時代演劇 | Tagged | Leave a comment

『占領期雑誌資料大系 大衆文化編』における演劇関連論文

森達也「第六章 アーニー・パイル劇場とその周辺」『占領期雑誌資料大系大衆文化編 第一巻 虚脱からの目覚め』(岩波書店、二〇〇八年)

大笹吉雄「第四章 劇化された現実」『占領期雑誌資料大系大衆文化編 第二巻 デモクラシー旋風』(岩波書店、二〇〇八年)

谷川建司「第六章 伝統芸能の新しいうねり」『占領期雑誌資料大系大衆文化編 第四巻 躍動する肉体』(岩波書店、二〇〇八年)

大笹吉雄「第六章 戦後演劇の展開」『占領期雑誌資料大系大衆文化編 第五巻 占領から戦後へ』(岩波書店、二〇〇八年)

演劇だけをまとめた巻があるのかと思ったら、全五巻中四巻にばらけるというのは岩波も商売がうまい…。しかし四つの論文のうち、二つは非演劇研究者、残りの二つは大笹さんというのは、演劇研究者の層の薄さを如実に物語っているな…。

Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment