仲木貞一「喜劇 神隠し」『早稲田文学』第七〇号(一九一一年九月)
仲木貞一「屍体の来るまで」『早稲田文学』第一〇〇号(一九一四年三月)
仲木貞一『現代文芸叢書 第四十二編 暁』(春陽堂、一九一四年)
仲木貞一「史劇 柿実る村」『早稲田文学』第一七七号(一九二〇年八月)
仲木貞一「柿実る村」「地に匍匐して」「山賊と首」『現代戯曲全集 第十四巻』(国民図書、一九二五年)
仲木貞一「柿実る村」「山賊と首」「春霞墨田堤」「首は飛ぶ」『日本戯曲全集現代篇第五輯(第三十七巻)』(春陽堂、一九二八年)
仲木貞一『蝕める恋』(雄文閣、一九三二年)[「マダムX」「 真間の手児奈」「桜散る夜」「飛行曲」「蝕める恋」「春霞墨田堤」「地に匍匐して」「指輪の行方」「柿実る村」「山賊と首」]
『石川県大百科事典』
永田衡吉「小寺融吉小伝」『民俗芸能・明治大正昭和』(錦正社、一九八二年)
戸板康二「小寺融吉」『演芸画報・人物誌』(青蛙房、一九七〇年)
小寺融吉「安寿姫と厨子王丸<脚本六種>」『早稲田文学』第一九一号(一九二一年十月)
小寺融吉「史劇葛城の岩橋」『早稲田文学』第二一八号(一九二四年四月)
小寺融吉「久米の仙人<一幕物三種>」『早稲田文学』第二三七号(一九二五年十月)
小寺融吉「真間の手古奈」『現代戯曲全集 第十五巻』(国民図書、一九二五年)
小寺融吉「人の世の嘆き」「久米の仙人」『日本戯曲全集現代篇第五輯(第三十七巻)』(春陽堂、一九二八年)
小寺融吉「誘惑(一幕)」『演劇研究』第一巻第一号(一九二五年)
小寺融吉「アバタの勝利」『演劇研究』第二巻第七号(一九二六年)
大正元年創刊の『演劇研究』が揃っているところはどこもない。国会図書館はまったく所蔵していない。近場では、昭和女子大学の近代文庫が結構持っている。ただし「近代文庫の資料の複写は院生以上の研究者、当館のみ所蔵の資料に限られる」。
小寺は『上方趣味』にも書いているようだ。
Cradle Will Rock (1999)
なぜか以前書いたままアップロードしていなかった。
非常勤先ではアメリカ演劇史を教えているのだが、今日は連邦演劇計画(Federal Theatre Project)について説明した。
前週の範囲のメロドラマの解説が終わっておらず、そこからはじめて、結局今日も全部は終わらなかったのだが、講義で見せようと思って前日に Cradle Will Rock (1999)を久しぶりに見た。
はじめて気づいた。これって Band Wagon (1953) の本歌取りになっているじゃないか! なぜ今まで気がつかなかったのか。
本番直前のリハーサルが準備不足でめちゃくちゃになる。舞台装置が落っこちてきたり、俳優が出はけのきっかけを間違えたりする。
実話に基づいているとはいえ、入念な準備をもって鳴らした Orson Wells のことだから、まさか本当にそんなことがあったわけではないだろう、話を大げさにして面白おかしく語っているのだ、と漠然とは思っていた。
これはBand Wagon のなかで、Jeffrey Cordovaの構想のもと作られる新しいファウスト伝説がとてつなく壮大なものになり、きっかけが多すぎて俳優たちは混乱し、稽古不足から失敗を重ね、本番直前のリハーサルがめちゃくちゃになる、というところを持ってきているのである。
連邦演劇計画で Band Wagon が上演されたというニュースが挿入されるのは、制作者側が自分のネタをバラシているのだ。実際にこの時期に、Band Wagon という作品が上演されたという記録は(調べたかぎりではない)。
ちなみに Cradle Will Rock を『ゆりかごは揺れる』と訳すのは間違いではないか。劇中で何度も言及されるように、cradle とは権力の象徴であり、それが「ぐらつくことがある」(rock)という意味で言っているのならば、「ゆりかごが揺れる」というごく当たり前の事象にたとえるわけはない。
Federal Theatre Project をフェデラル劇場プロジェクトと訳すのはいただけない。日本語版ウィキペディアでは連邦劇場計画となっており、たしかに「連邦劇場」は各地に作られたわけだが、しかしやはり「連邦演劇計画」と訳すべきだろう。