舟橋聖一「演劇上の雑感」『東宝』第三十七号(昭和十二年一月)

一九三七年(昭和十二)前後の新劇の行き詰まりについての証言。

 私が、所謂演劇運動の実際から身をひいて既に大分になる。実際からは身を引いたが、その間にも、私の関心が演劇からはなれてゐたわけではない。…

 しかし仕事を中途で投げ出したものが、仕事を続行している人に向つて、何か批判めいたことをいふのは、たしかに、をこの沙汰である。その点で、とにかく仕事を投げ出さずに続行してゐる人々に対しては、私は尊敬の念を禁じ能はぬ。

 さういふ昔の友達の仕事に対する尊敬と感謝の意味で、私は時々、新劇の舞台を覗きにゆくのである。

 しかし、私の充分な感謝の目にさへ、現在の新劇は淋しく、はかなく、貧しいのである。況や、一般の観客にとつては、どんなにか心細く、みすぼらしいものであるだらうか。

 現在の新劇には、既に私達の目を奪ふ何ものもないのである。



 仕事を棄てずに続行することは立派であるが、この新劇の敗北的な姿勢が、どうにかならぬうちは、新劇の魅力は決してあらはれない。私は別に理屈をいつてゐるのではない。

 甚だ漠然とした言葉だが、目を奪ふものがない、という点を指摘してゐるのだ。しかしこれは、漠然とはしているが、内容は深いのである。新劇がその点に留意しない限りはいつまでも見透しがつかないだらう。

 それにつけても思ふのだが、現在の新劇当事者が、いづれも理想がないのではないのである。

 むしろ、それぞれに、高い理想をもつてゐる。抱負ももつてゐる。

 それでゐて、実行力に乏しい。手段に乏しい。

 いざとなると躊躇する。新劇から商業劇団に入つた人で、なかなかいい理想なり良識なりある筈の人が、一向にその抱負を実現してくれない。因習に打ちなかされてゐる。

 新劇の盛んにならぬのは一にそのためだ。新劇から入つた人達が、もっと大胆に、抱負なり理想なりを、商業劇団の中で、やつてみるだけの度胸があったら、—たとへ、そのために、一、ニの犠牲があつたにしろ、新劇の勢力は高められていたに相違ない。そこがさううまくいかぬのが現実かもしれぬが、妥協も又多すぎるのではあるまいか。

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大山功「演劇に於る日本主義」『演藝畫報』第33年第1号(昭和14年1月)



 日本主義といへばすぐに反動的であるとかファッショ的であるとか、非文化的であるかのやうにとられ勝ちである。だが凡てこれ程大きな誤解はない。勿論、これはこの言葉を用ひる人の理論と実践に、少くとも今までには、このやうな傾向のあつたことは否まれない事実であるけれども、同時に、かういつて鼻先で笑つてのける人達が未だに自由主義的な思想と西洋的、翻訳的教養の精算しきれないためであるともいへるのである。

 日本主義…といふ言葉は中々に複雑した概念であるて容易く説明し難いが、簡単にいふと、日本民族を根幹とし、日本国家を基調とし、それを無上唯一の最高倫理として、その伸展のためにあらゆるイデオロギーの理論活動、実践活動を行ふ主義を指すのである。換言すれば日本主義は日本民族、日本国家を最高無二のゲマインシャフトとする全体主義であるといへる。しかし、それは決して固定した概念ではない。日本的といふ言葉が常に流動するやうに(人々は往々にしてこれを固定したものゝのやうに考へるが)日本主義にも、具体的、実践的の過程に於ては流動する概念である。だから万葉の精神にかへることや、徳川末期の国学の精神に就くことが、必ずしも日本主義であるとはいへない。日本主義は時代の流転に従ひ、歴史の必然につれて流動し、変貌する。日本民族、日本国家の進み方が、過去に於てもさうであり、現在に於てもさうであるのと同じ理論の構造を持つてゐる。



 今日私たちは演劇に於ける日本主義を高調している。それは演劇そして日本民族、日本国家の伸展への一翼たらしめようとする運動に外ならない。(私たちはそれを国民演劇運動と名づけてゐる)演劇といふものが、文学、絵画、音楽、映画等と異なり、最も直接的に、最も具象的に最もダイナミツクに国民大衆の思想、感情を陶冶し組織する力をもつてゐることは今更こゝに【ルビ開始(てふてふ)】喋々【ルビ終了】するの必要はない。私達はこゝに更めてその力(社会的効用性)を再認識し、これをもつて日本民族、日本国家の伸展の線に沿はうとするものである。これこそこの聖土に生をうけた私達演劇インテリゲンチヤの大きな歴史的使命をいはなければならない。

翻つて思ふに、今日わが演劇はどういふ状態におかれてゐるであらうか。そこには歌舞伎あり、新派あり、新劇あり、軽演劇等々あり、百花爛漫の光景を呈してゐるが、はたしてそれらが国民大衆に健康な娯楽と文化を供給し、真にその民族的モラルを陶冶し、国民的良識を組織してゐるといへるであらうか。否、否である。それらは余りにも封建的な、自由主義的な観念にわづらはされ、資本主義下のコンマーシャリズム【ママ】に毒されて、国民大衆への不健康な退廃的な娯楽と文化を供給し、その思想感情を低劣卑俗の世界へ堕さしてめてゐる場合が多いのである。或ひはまたこれらのえんげきは単に大都会の有産階級の幇間的玩弄物としてのみ存在理由をもつてゐて、国民大衆の大部分を占めてゐる地方農村漁村等の人達や、勤労階級の人達はまさに演劇文化の極度の貧困におかれてゐるのである。この現状に対して私達演劇人は一つの宿命と見做して黙過してよいであらうか。

 然らばこの現状をそうして革新するか。それは単に演劇人ばかりの力ではどうにもならないのである。(私達はこのにがい経験をこれ以上嘗めたくない)どうしても演劇人と国家当局との完全な握手によつてのみはじめてなし遂げられるのである。しかし今この問題にここでくはしく触れることは避け、与へられた問題に就いて若干の私見をのべる。



水野越前守による芝居道への天保の改革は今日私達の運動へも大きな示唆を与へてくれる。爛熟を通りこして放縦退廃の極に達した当時の歌舞伎は必然的に革新されなければならなかつたのであるが、その改革には官僚独善の傾向が強かつたやうに思はれる。水野のとつた演劇統制の精神は十分に讃意を表すべきものであるに拘わらず、その統制の方法に遺憾な点はなかつたか、史実にくらい私にはこれに就いて自信のある論は出来ないが、あの改革は純粋に保安乃至風俗警察の立場からの消極的な政治統制にすぎなかつたやうに思はれる。歌舞伎の芸術性といふものに就いての考慮もなされなければ、況やその社会的効用性による積極的な政治統制ではなかつたのだ。かういふ点この改革は私達へよき教訓を与へてくれる。

 明治維新の社会革新による歌舞伎劇の変動も、また歴史の必然である。内面的には徳川封建制度の崩壊と外面的には西洋自由主義思潮の輸入によつて劇場の機構が改まり、脚本がルアリズム【ママ】の洗礼をうけ、別世界をなしてゐた俳優の生活までも漸く変化を示しはじめねばならなかつた。歌舞伎劇を構成するあらゆる部門の日本的なものが崩れはじめ、総ては西洋化への傾向をとりはじめた。だがこの現象を私達は直ちに日本的なものゝ崩壊、西洋的なるものへの屈辱だと考へてはならない。明治維新以後の社会革新が新らしい世界的日本への躍進への第一歩であると同じく、歌舞伎の変動もまた新しい日本演劇創造の第一歩である。さういふ意味で、それは歌舞伎の封建性の崩壊であつても、日本的なものゝ崩壊だなどと単純に考へてはならない。日本的なものは常に歴史の流れにつれて変化する。歌舞伎劇もまたあゝした過程を経てはじめて真の日本演劇へと生れ変るのだ。さういふ意味で演劇史の示すあの過程は日本主義の発露だと考へても差支へない。

・封建主義、自由主義、資本主義という言葉は反動、ファッショとともに否定的な意味を与えられている一方で、全体主義という言葉は日本主義とともに肯定的な意味を与えられている。一九三九年(昭和十四)において、(1)前近代的・反動的な封建主義を克服しつつ、(2)ヨーロッパ近代の所産である自由主義および資本主義を否定し、(3)国家の強力な指導のもと、勤労大衆のための全体主義(=国家社会主義)を目指す、という言説が支配的であったことを示す好例である。二・二六事件で「昭和維新」を唱えた青年将校たちの精神はこのような言説を経由して近衛新体制で具現化する。

・保安乃至風俗警察の立場からの消極的な政治統制から歌舞伎の芸術性および社会的効用性を高めるための積極的な政治統制が必要だと演劇法の議論がはじまる以前から大山が考えていたことは注目に値する。

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俳優に運動神経は必要ではないのか?

New York Timesのこの記事が面白い。

ブロードウェイ・オフブロードウェイで野球チームを作ってセントラルパークでリーグ戦をやっているというものだが、俳優であることと運動神経はあまり関係がないらしい。

例によって両論併記なのだが、書いている記者のほうは運動神経は関係ない、というほうに肩入れしているようだ。

ミュージカルプロダクションのチームのほうがストレートプレイプロダクションのチームより強いが、これは一般的にミュージカルプロダクションのほうが大所帯で選手の層が厚いからだとしている。

私はずっと俳優には運動神経が必要だと思っていたが、ニューヨークではそうではないらしい。だからニューヨークの芝居はつまらない、ということもあるかもしれない。

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恋愛準決勝戦(Royal Wedding, 1951)

大学院の授業で扱ったために、十年ぶりぐらいにこの映画を見る。

やっぱりつまらないな。スタンリー・ドーネンは才能がない。アステアは老いすぎた。

ただ久しぶりに見て調べてわかったこと。

IMDBの評価は軒並み高い。あまり同意できないものばかりだが。

ナンバーのなかに南米音楽が入っている。ちょっと興味がある。

もちろんこの作品じしんが姉アデリーの結婚をモデルにしたself-referentialなものであるわけだが、それ以外にもいくつかself-referentialな場面がある。

というわけで、もう一度見るのはいつのことかねえ。そのときもう少し考えよう。

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志ん朝とは何だったのか

「芸人が若い自分からあわてて売り出すなんぞは、あまりいいことじゃァない。はじめは威勢がいいが、くたびれるのも早いんです。若いころはえらく陽気だった芸が、年ィとるてえと、えらく地味になったりするものですよ。力がつくにつれて、だんだんと売れてくるってえことでないと、決して長続きしません。だから、あたしゃァ、ウチの志ん朝なんぞに、『線香花火になるな』って、いつも注意してやってますよ」古今亭志ん生『びんぼう自慢』二九九頁(ちくま文庫)

志ん朝の録音として現在残っているものは、その全盛期の頃であって、私がもっとも記憶に残っている90年代の最後の十年ぐらいではない。志ん朝は死ぬ前に疲れていた、と思う。父親が危惧したような地味な芸になったわけではないが、人生を味わい尽くした人間だけが知るある種の味気なさのようなものを噺全体に漂わせていた。

巷間言われているほど志ん朝の芸は伝統にもとづくものではない。もちろん父親とも違う。もっとモダンなものだ。そのモダンさ、あるいは衒気といってもよいが、を最後まで持ち続けるエネルギーを持ち合わせていなかった一方で、あるのだかわからない「伝統」にすがって、こちとら大家でござい、という姿も見せなかった。そこの一線を越えないのが志ん朝の美学だった。

しかし中年以降、人は死が近いことを自覚して急速に老いる。自分はもっと大きなもののために生かされているのであり、自分の人生はその大きなもののための捨て石だということを悟るようになって、人はある種の虚無を生きるようになる。志ん朝の噺にまとわりつくその虚無感が私は昔好きではなかった。

今自分が中年になって、同じく死を意識するようになると、志ん朝がその中で生きていた虚無感が痛いほどわかる。だが奇妙なもので、だからこそ志ん朝の噺はますます聞きたくなくなる。CDに録音されている、若いときの、声の張った、いかにも世界は自分のものだという自信に満ちあふれた態度も、その後の志ん朝のことを考えると空しく思うだけだ。

人はこうして生き、死んでいくのだということ。なぜそんなことをたかが落語で学ばなければならないのだろうか。そんなことは現実に生きていくなかでわかることじゃないか。落語でそんなことを教わりたくないよ。

要するに、志ん朝も志ん生や文楽と同様、芸人ではなく芸術家だったということだ。生きざまが噺に現れる噺家は芸人ではない。

小林信彦『名人—志ん生、そして志ん朝』はひどい本である。最近の小林の本によくある、調べかたの雑さが出ているだけでなく、志ん朝のこうした側面についてまるで想像もせずに、ただ同時代人であるということだけを特権的にふりかざして自分の志ん朝への思いを語る。こういうはた迷惑なファンに囲まれて志ん朝はますます孤立感を感じ、それでも落語界発展のためになんとか自分の余命をつなぎながらやっていきたかったのだ。

だが運命はそんな志ん朝を見捨てた。死にたかったら死んでもいいんだよ、と言ってしまった。

大友浩『花は志ん朝 』はすばらしい本だが、しかし意図的に全盛期の志ん朝のみを語っている。それは大友が最後の志ん朝の疲れかたをわかっていたからだと思う。それもまた酷いことである。

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大忠臣蔵

早野勘平役の高田浩吉はよくない。

加古川本蔵役の坂東簑助(三津五郎)はよい。世話物の演技となるとこの人は引き立つ。

大石内蔵助役の市川猿之助(猿翁)は可もなく不可もなし。

現幸四郎の市川染五郎が矢頭右衛門七を演じているが、子供の頃はこの人は不細工だったのだなあ。

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五月歌舞伎:夜の部

5月13日観劇。1階11列20番。『妹背山婦女庭訓』は三笠山御殿の場。院本時代物は難しい。とくにこの場において、なぜお三輪は自分が死ぬことに納得して死んでいけるのか、近代人には謎であり、その理屈を説く金輪五郎今国の台詞や浄瑠璃の詞章は、不条理劇に出てくる理屈になっていない理屈のように聞こえる。人形が数奇な運命に操られて死んでいくのであればまだ受け入れられるのだが、生身の俳優が演じると余計なリアリティを背負ってしまって、観客はなかなか納得しがたい。とくに今回、福助がお三輪が演じたことで、この違和感は決定的なものになってしまった。福助には時代物の大柄さが似合わない。世話物の女房をやらせるときわめてリアルなのだが、時代物をやるには意識家すぎる。自分の演技を自分でコントロールしたいという欲望が観客に透けて見えると、そのような人間がこれほど不条理な運命に操られるままになっていることに根本的な矛盾を感じてしまう。
女官たちによるお三輪いじめもまた、「近代的」すぎる。花組芝居の芝居を見ているようだ。『鏡山旧錦絵』をもとにした花組芝居の『女中たち』のなかに出てくる岩藤の草履うちを思い出した。加納幸和はもちろん、封建的な上下関係が強要する不条理さというものを現代では再現できないと考えたうえで、あえて子供たちの残酷ないじめのイメージを持ってきており、批評的意識が働いていることがわかるからよいのだが、新橋演舞場の舞台で女官たちが楽しそうに笑いながらお三輪をいじめているのを見るのは、ちょっとげんなりする。本来はもっと陰惨なものであり、また女官たちは自分たちのしていることをそれほど意識化していないはずだ。したがって笑いながらいじめるにしても、もっとその笑いは強張ったものにならなければならない。
『隅田川続俤』は面白く見られた。法界坊の吉右衛門は「欧米か」とまでいって、いささかやり過ぎの感なきにしもあらずだが、要所要所を締めてお見事の一言につきる。道具屋甚三の富十郎が重厚な台詞廻しで吉右衛門を向こうに堂々と演じきる。第二幕向島三囲土手の場での立ち回りではさすがに息があがっていて苦しそうだった。おくみの芝雀は可もなく不可もなし。「双面水照月」まで力をためているという印象をうけた。ただし、薄紫の地の着物に派手なオレンジの帯というのはちょっとなんとかならないか。
手代要助を演じる錦之助が意外によい。ニンが合っているということもあるが、体の向こう側が透けて見えそうな線の細さがそれほど気にならない。「存在感の薄い人、っていう存在感がある」と一緒に見に行った友人に言ったらウケていたが、それほどうがった見方ではないかもしれない。吉三郎の番頭長九郎は好演。
25分間の休憩のあとに「双面水照月」。法界坊の霊・野分姫の霊を演じた染五郎、法界坊の台詞廻しは吉右衛門ばりのドスの効いた声で、もうあと二、三年後に通しで演じることもできるのではないかと思わせる。ただし野分姫は納得がいかない。そもそもこの人、女形ができる人ではないのだ。目鼻立ちがすっきりとしすぎて、和風の美女ではなくて洋風の美女になってしまう。両目の上に太く入れた朱は白目をむくときにとくに違和感を感じる。だがもっとも問題なのは、舞踊の部分。芝雀のおくみの踊りを真似するところでも本当はそうなのだが、福助の渡し守おしづを相手にするところではとくに、そのモダンさが浮いてしまう。福助は正統派だから、手足だけを動かして体幹を動かさないからきれいに決まるが、染五郎は体幹から動くので、このように動きが激しい舞踊だと、モダンダンスなのか歌舞伎舞踊なのかわからなくなる。といってもこの人の体の動かしかたは生涯変わらないだろうから、自分なりの型を見出してそれで観客を納得させるようにするしかないのだ。これまでの日本人の体型や体の使い方にあわせて作られてきた型をなぞることはできないことを悟るべきだろう。

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『歌麿をめぐる五人の女』(1946)

特典映像で新藤兼人は「間に合わせで作った」「溝口さんの悩みがよく出ている」と評しているが、要するに駄作だということだ。戦後間もなくだから民主主義も単純に受け入れられない、女優も田中絹代以外大物を集められないという言い訳を新藤は代弁するが、そもそも歌麿の何が描きたかったのかわからない。芸術至上主義者の歌麿、という単純な主題であればまだわかるが、むしろ歌麿の芸術至上主義にかぶれた周囲の女たちが自分の恋を成就するためには死をもいとわない、という物語にいつのまにかなってしまっている。板東蓑助がミスキャストだというのもその通りだとおもう。ようするに世話物のうまい人で風情はあるのだが芸術のために戦うというようなタイプの人間には決して見えない。冒頭の狩野勢之介との口論はちょっと胸がすく啖呵を切ってみせるが、あとは分別くさい、まわりの女たちの破天荒さに振り回されて後始末をしているような人間になってしまう。ただし、いつも通り丁寧に作り込んであることはたしかで、溝口映画の醍醐味である骨太のドラマが欠けているという点で評価は低いだろうが、最初のほうの花魁道中など、江戸情緒を画面いっぱいに出して見せたという点では興味深いところなきにしもあらずだった。なお、gooのあらすじ紹介に歌麿が罰せられて手鎖三十日とあるのは五十日のあやまり。

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団菊祭五月大歌舞伎:昼の部

5月8日観劇。1階14列24番。「泥棒と若殿」、山本周五郎の作品には、いまでいうホモソーシャルな関係、男同士の友情以上愛情未満の関係を扱ったものがいくつかあるが、これもまたその一つ。三回目の上演となる今回、残念ながら作品の掘り下げが足りない。三津五郎の定信と松緑の伝九郎のあいだにあるのはたんなる世を拗ねたもの同士の連帯感などではなく、もっとホモエロティックな関係なのだが、三津五郎は殿様芝居に専念してホモっ気がまるで出ていないし、松緑の江戸弁の口舌は爽やかだが、単純で気のよい泥棒という定型を出ていない。かててくわえて、会話が登場人物の心情を示すのではなく、筋の説明に終わっていることの多い前半では、二人ともやりとりをしていてどうも妙な間が空く。もともと周五郎作品はいわゆる(弁証法的な)ダイアログに欠けているところがあり、お互いが自分の心情をだらだら説明するか、あるいは筋を進めるだけでまるで対話としてのリアリティがなかったりするのだが、これは脚本でなんとか補うべきなのではないだろうか。
「勧進帳」、団十郎の弁慶は疲れ気味。型をがんばってやっていますということはわかる。飛び六法も染五郎を新橋演舞場で見たあとではやはり見劣りがする。菊五郎の富樫は全体としてよいが、内面の葛藤はもう少し見たいなあ。菊五郎には無理な注文かもしれないが。梅玉の義経は珠玉。型と心情がぴったり一致して一個の美しい絵となっている。
「与話情浮名横櫛」、いままで見たなかでいちばんつまらない「源氏店」だった。この場面、生世話物の風情を出すのが難しいのは重々承知だが、問題はそれ以前である。海老蔵の与三郎は声を作りすぎで浮ついてしまっている。それにくらべると菊之助のお富の声の張り方は堂に入っており、団菊親子対決は菊五郎・菊之助親子に軍配があがるというところか。しかし市川家の御曹司でここまで「芝居」できないというのは本当にまずいのではないか。生世話が一方で要求する「リアル」な演技はそれなりにうまいのだが、それは半ばニンがあるということである。木更津海岸見染の場は、お坊ちゃん育ちでぼうっとしているところは地でやれる。だが生世話が本当に難しいのは、リアルでありながら型であるという二重の桎梏を俳優に課するところにある。「源氏店」はそういう場面で、さすがに左団次の和泉屋多左衛門はそれができているが、海老蔵の小悪党ぶりはまるで見てられない。型を演ずるだけで肚が決まらないから、声が上ずる、演技は重みがない。伝統の重圧に耐えないで、もっと勝手にやってよいと思うのだが。
「女伊達」は老優・芝翫のたっての頼みということなのだろうか。四十九年前の初役時はさぞかしうまかったのだろうな、ということはわかるが今となってはその当時を思い浮かべるしかない。

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『遙かなるアルゼンチン』(Down Argentine Way, 1940)

大学院の授業で『水着の女王』(Neptune’s Daughter, 1949)を扱うので南米音楽ミュージカルつながりということで『遙かなるアルゼンチン』を見る。『水着の女王』は徹底的にくだらないが40年代のアメリカン・ミュージカルのフォーマットを忠実に踏襲している(mistaken identitiesと二組目の滑稽なカップル)ゆえに見ていて退屈しないのにたいし、Twentieth Century-Foxが Darry F. Zanuckのもと製作したこの作品はテンポが悪くて見ていて疲れる。まあDon AmecheとBetty Gableの魅力に全面的に頼っていてプロットがおろそかということだ。二作品のあいだには10年という歳月はたってはいるものの、やはりミュージカル作りにかんしてはMGMに一日の長があるということか。『水着の女王』では、さすがにEsther Williamsだけではもたないことをよくわかっていて、プロットをよく作り込んであるし、キューバの「ルンバの王様」、ザビア・クガート楽団を使いながらも、決してそれに頼らず、かといってたんなる添え物でもなく、うまく物語にはめこんである。
『遙かなるアルゼンチン』で叔母役のBinnie Crawfordを演じるのはCharlotte Greenwood。のちにOklahoma!でAunt Ellerを演じる「叔母さん」役女優だ。
1940年代からの南米音楽ブームについてはもう少し調べる必要あり。あと南米音楽ミュージカルといえばWeek-End in Havana (1941)とか同じIrving Cummings監督のThat Night in Rio (1941)を見ればよいのかな。どちらも日本ではDVDになっていない。

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