楽屋の五郎
五郎と語るではない。五郎を語るのだ。
私は芝居見物の序でに楽屋を訪れるなどは外道も甚しいと思つている。
料亭で膳にむかひ、一酌してのち料理場を覗きにゆくのと同然だらうではないか!?
国賓を歌舞伎に招く度毎、幕間に楽屋案内をする事が礼儀だと思つているらしい。そんな冩眞を見て苦笑を洩すのは私だけだらう!?
こんな風に考へている私だから■(川に一)年近くも五郎劇を見ていながら、楽屋の五郎をさう屢々知つてはいない。
五郎が前欧州対戦の時欧中で、たしかワルシヤワあたりで密偵の疑ひを蒙り、かつぽれ(・・・・)を踊つて日本の喜劇俳優だと云ふことを証明し、辛くも危機をまぬがれた―—と云ふ博説がある。さうした苦難の度から歸朝して間もなく、彼は和田久一の本名に戻つて、平民劇団を組織しようとした。その頃が私にとつての初対面であつた。当時私は舊有楽座のお伽芝居に関係していて廿才位ひだつたらう。犬や猿の芝居を書くよりましだと思つて逢つたのではない。私の幼稚な『平民演劇論』が多少問題にされていたからである。私の古日記によると、五郎は再三こんな事をくり返した。
『私には喜劇と云ふ意味がよく解らないんです。モリエール以後の翻訳物もいろいろ讀んでは見ましたが、そこで欧羅巴へ出かけたのですが、結局は国民性によるもので・・・』
と云つた。いまでも尚かれはさう考へているらしい。和田久一になり得ず、平民劇団の組織も成立たなかつたが、その後彼は『五郎劇』の旗幟の下に、世間で云ふ喜劇の王者として、未だに若々しくふるまつている。
廿余年の歳月を距てて、去年の暮、十二月卅日だつたらうか、私は『子寶』の舞台藝後を見せてもらつた。新橋演舞場の見物席には誰もいない、唯だ私ひとりが第一列に腰かけていた。そして幕は静かに開いた。
整ひきつた舞台、不備な小道具ひとつなく稽古を返すこともなく、実に滑らかに信仰してゆく、私は近頃、こんなきちんとした舞台稽古を見たことがない。俳優としてより、作者としてより、演出者としての五郎を今更ながら驚嘆して戻つた。
その後一度だけ楽屋を訪れている。勿論観劇の序ではない。
開幕十五分前、彼は颯爽として部屋へ入つて来た。挨拶もそこそこに服を脱ぐ、顔をこしらへる、衣装をつける、しかもこの間彼は国民娯楽の問題を喋舌りつづけだつた。
私が大正十五年来、商業主義の演劇に反逆して『町の劇場、村の劇場』運動に挺身して来たことをも理解しての上らしかつたが、彼の説く国民娯楽にこそ為政者は耳を傾けるが必要があると思つた。
『日本人は笑はなすぎます、大国民はもつと素直な気持にならなくては―—不自由だとか不足だとか云つた義理でせうか、明朗な芝居笑へる芝居でなくては明日の厚生にはならない勿論その通りです、併し泣いたあとに出てくる笑ひこそ真実のものぢやないでせうか、白衣の勇士方が一番笑つて下さる、と云ふのは戦場で一命を的に艱難を克服して来られた。しかも純なお気持で芝居を見て下さる、そこに虚飾のない爆笑が起るのでせう。私たちの芝居に対して真っ向から理論的な批判はどうでせうか!?』
全くかれの書いた脚本は劇文學ではない。いはば素稿(したがき)に過ぎない。こんな枚数でよくも一時間近くの芝居がと思はれる。処がその台本には演出覚え書が書足されてゆく、それが五郎劇のギヤグとなり、爆笑となるのだ。
むかし、僕は『五郎劇脚本全集』を再三よみ返した時代がある。しかも舞台での感銘の半ばも受けられなかつた。この点いまも同様だと思ふ。
楽屋でも五郎は身をもつて話す人だ。彼の言葉は切々として私に迫る。舞台でも彼は身をもつて芝居をする人だ。少なくともかれの脚本は、曾我廼家五郎が時と処と人を得て、ある一つの筋を芝居にして見た、という処が観てくれた人たちは大変面白い―—と云つてくれた。そこでこれを明日の再演用として記録する事にした。さう云つた本なのである。従つて五郎には五郎劇の脚本を活字にする必要はないのだ。
手紙の五郎
老齢——と云へば腹をたてるかもしれないが、我々から考へると老齢だ、しかも羨ましい頑健さで、年中無休、自らたのしみながら五郎劇に一命をうちこんでいる彼の筆まめなのには驚く。私たちの寸感などを新聞や雑誌で讀むとすぐに手紙をくれる。勿論彼の主張なり感想を添へてである。地方興行のゆくさきざきからも到れりつくせりのたよりがもたらされる。大阪から帰京の月が決まると、新橋演舞場での舞台稽古日時までしらせてくれる。
これは単なる筆まめのみではないと思ふ。
五郎を評して十年一日の如き五郎劇と訳もなく云ふ人々がある。併しそれは本当の五郎劇を知る人々ではない。
彼は常に黙々として歩んでいるのだ。むかし澤田正二郎は一歩前進半歩後退——と云ふやうなことを理論らしくふりかざした事がある。即ち半歩主義だ。五郎は半歩主義も唱えたことはあるまい。彼は廿年一日の如く『御来笑下さい』とか『仕立て直しの身丈もあはぬ借衣装』とか云つた風な挨拶をくりかへしている。だが、彼の内心は仕立て直しで満足してはいない。『子寶』を書きうる喜劇作者は今の処見当たらない。『子寶』をああして見せられる演出者はいまの処見当たらない。俳優としてはともかく『子寶』がすぐれている所以は作演出にあつたと思ふ。
五郎が単なる筆まめでない―—と云ふことあ、彼はもう平民劇団と云つたやうな看板ぬりかへや、和田久一に戻ると云ふような小手先細工は、どうでもよくなつた代りに『五郎劇』をしていまこそ国民娯楽の頂点に持つてゆかうと努力している。農山漁村への娯楽提供なども百の理論より一の実践をと願つているのだ。そこに彼が私のやうな若輩に対しても同志愛を示してくれる所以があらう。かう考へることは私の自惚れだらうか!?
私はこの五月、未だに楽屋を訪れていない
彼の手紙の一節に、
『すこし気が強くなつて二の替りは出しません』
とあつた。私はこれを讀んで些か意外な気持がした。
と云ふのは、五郎劇が従来一興行を二の替りさせていたのは、ああしなければ客が来ないから―—とでも想つていたのだらうか? そんな風な錯覚をこの手紙に感じたからである。
私は五郎劇がいつも二の替り狂言を出してくれたのは五郎劇愛好者への二の膳か、乃至は別献立で更にもう一席もうけてくれたものであると信じていた。五郎のもてなしだ―—とさへ思ひこんでいた。
然るに一立ての狂言で廿五日間満員だからもう別献立はやめやう―—では些か淋しい。ましてや五月の新橋演舞場などは・・・・
一両日中に、あまり好まない楽屋訪問だが料理場に彼を訪ねて訊いて見るつもりだ。
名料理人たる彼は、
『物資不足ですからね』
と出し惜しみの弁をきかせるかも知れない。
人間五郎
彼はいつかこんな事を話した。
『朝起きるとまづ新聞を讀む、それからあとは書物、雑誌の乱読、でなかつたら必ず何か書いている、芝居の始る時刻がくると楽屋入りであとは芝居、家へ帰つて入浴、食事のあとはまた読書か執筆、云つて見れば何の趣味もない人間で―—』
彼をオヤジとよんで、子供のやうに二人、左右からよりそふロツパ、エノケンの三人の會がある。この席でもロツパはウイスキイを飲んでひとり大いに弁じ、エノケンは酒、ビイルをあほつてトラになりかけ、五郎はソーダ水位いでにこついているらしい。酒にも趣味はないらしい。
併し私は云つた。
『書物や雑誌が乱読出来て、ものが書けて、芝居が出来るんだつたら退屈はしますまいよ、したくても出来ない人を考へてごらんなさい、あなたほど徳な人はない・・・』
五郎は日米危機説が伝へられていた時かうも云つた。
『もし芝居をしてはいけない―—と云ふ時が来たら、私は街頭に出てチンドン屋になりますよ、何の街頭宣伝をするか、そこ迄は考へていませんが、必ずお役に立つと思つていますね』
私は五郎をして退屈させてはいけないと思ふ。五郎は忙しければ忙しいほどよい仕事を見せてくれる男だからである。
(次号は『古川ロツパを語る』)
本物と偽物の間を揺れ動く:平田オリザのアンドロイド演劇
2012年1月西洋比較演劇研究会例会で英語で発表した際の英文要旨を日本語に訳し、さらに若干手を加えました。
元の英文要旨は西洋比較演劇研究会ブログにあります。また、この日本語要旨の原型は電子ジャーナル『西洋比較演劇研究』11:2の「活動記録」に掲載しました。
一人の女優と女性の「アンドロイド」が出演する15分の短編、平田オリザの「さようなら」を見て否定的な感想を抱いた観客に共通するのは「裏切られた」という思いだろう。だが彼らは自らの期待に裏切られたのだ。正統な芸術作品を期待していったら、テクノロジーを使ったハッタリで、胡散臭い感傷的なドラマを糊塗するだけのものを見せられたのだから。彼らの困惑は、この「アンドロイド」なる代物が、自力で動くことはもとより、プログラムをもとにして反応するわけでもない、ということを知ってさらにいや増す。たしかに発声のタイミングは正確だが、これは予め計算されていたからではなく、人間の女優が舞台裏で「口パク」しているだけのことである。この女優によって遠隔操作される「アンドロイド」とは、見世物小屋で見かける機械仕掛けの人形とさして変わらない。
この作品がサーカスの安手の余興に近いという印象は舞台装置によって強められる。薄暗い照明はたしかにこの世ならぬ雰囲気を醸し出すのに一役買っているが、同時にそのせいで女優やアンドロイドの顔の表情をはじめとして舞台上のすべてのものはぼんやりとはっきりしない。死の床にいる病人を演じる女優は動き回ることをしないが、それはアンドロイドを動さないためのうまい口実になっている。身振りをするために動けば、アンドロイドがそれほど人間に似ていないことがわかってしまうからだ。アメリカ人の女優が話すたどたどしい日本語は、アンドロイドの合成された音声とよい対照をなしているが、それはいわば双方の不自然さが中和するということでもある。こうした「カモフラージュ」効果に気づいてしまうと、観客は自分が騙されていると思わずにはいられない。とりわけ、科学の万能性という現代の神話によって、「通常の」演劇では表象不可能な、真性で権威のあるものを探し求めることを動機づけられているゆえに。
だがこの「偽物臭さ」を観客に伝えるのは平田の戦略の一部だ。そもそも、アンディ・ウォーホールの『キャンベルのスープ缶』同様、「さようなら」は平凡なものの下劣な模倣であると同時に、その「フレーミング」効果によってその平凡なものを特別でかけがえのないものに見せてしまうリアリズム芸術に対する批判である。といっても、ウォーホールが「フェイクの」表象から批評的距離をとることを見る者にうながすのに対し、平田は観客が「フェイクの」表象に感情移入することを望んでいるように見える。批評的距離がないゆえに、安っぽいシュミラークラに何ら意味を見いだせずに平田の作品を否定的に裁断する観客が出てくるのだ。だが平田の意図は別にある。自らが正統性を与えることができないものにたいして観客が感情移入することを促すことで、平田は疎外感と虚無感を観客と共有しようとする。見てくれだけのレプリカに囲まれて、平田も観客も「本物」を手に入れることができないのだ。
平田と観客が手に入れられない「本物」のうちで、もっとも真正なものは死である。「さようなら」にはロマン主義が大好きな死の欲望のモティーフが組み入れられているものの、「いま・ここ」で死ぬことが不可能な舞台では、このモティーフはパロディとして働く。女優の演じる「主人」は死の床についていることになっているが、観客はそれが虚構の死であることを知っている。一方で、観客がこの作品を見ているということは、彼らもまた死から疎外されているのだ。「嘘」の死は舞台の到るところでほのめかされるものの、本物はどこにも見いだせない。
この内なるロジックに従えば、平田がアンドロイドを用いたのは、人間を取り巻き、そのせいで「本物」に近づけない、無数の偽物のコピーの比喩としてであると結論づけることはそれほど難しいことではない。本発表では、たとえばランボーおよびカール・ブッセの翻訳された詩の引用と平田の真正性の探究とを関連づけることで、この結論に到るまでの手順を明らかにしたい。本物と偽物の間を揺れ動く「さようなら」は、両者の間で美的なバランスをとっている。