片岡右衛門

神山 東宝劇団にもいた、かたばみ座に出てた片岡右衛門という役者についてお伺いしたいのですが。

守 右衛門は、いわゆる巧者というんじゃないけど、ニンがよかった。ふっと構えたときなんかは、やっぱり風格があってね。ただ、踊りがうまいという人

じゃないの。

神山 写真で見ると、すごいいい男ですよね。

守 いい男です。僕は羽左衛門の代わりにしようかと思ったんだけどね。かりに『切られ与三』なんかやったら、あれは田舎に行ったらうけますよ。

神山 話を子供時代に戻しますけど、早稲田の南町から本所の寿座まで通っていらしたという。当時はけっこうな距離がありますよね?

守 当時、早稲田から市電が出ていて、それがずっと万世橋まで行くんですよ。須田町のところね。そこで乗り換えて本所緑町まで。当時七銭。

和田 両国橋を都電で渡っていくわけですね。

守 そうです。片道七銭で、値上げになってから十銭ぐらいになりましたかな。それで行って、五十銭の入場料。結構一円持っていくと何とかいけたんですよ。

和田 当時は寿座の観客は、ほとんどが本所とかあの辺の方ですよね。

 そのなかに、守先生のような演劇マニアが混じっているという比重だったの

でしょうか。

守 だけど山の手からも結構行きましたよ。寿座は最後の劇場は小芝居になっちゃったから愛好者がね。その前は四ツ谷の大黒座、というので、後に新宿歌舞伎座といった劇場とか、鶴巻町の早稲田座、この辺では三崎座って芝居があったし、門前仲町には深川座ってたくさん小芝居があったんですよ、昭和の初期までは。それがあったから、芝居好きの人が市電に乗っていろいろなところに行ったわけですね。

私の祖母なんかは浅草の宮戸座にやっぱり市電に乗っていきまして、ずいぶん時間がかかったけど、今よりのんきな時代ですからね。