安藤鶴夫
神山 そのころ東京新聞には安藤鶴夫なんかもいたわけですか。
守 ええ。安鶴の教えを受けて、僕も義太夫を習いたいと言ったら、「俺のおやじが太夫だから来い」って安鶴のうちへ……。
神山 都太夫。
守 都太夫のところへ行きましたよ。
神山 そうですか。
守 文学座の女優さんで何だったかな、たしか、金子信雄さんと結婚された女優さんでした(丹阿弥谷津子)。今はもう引っ込んじゃっているけど、有名な人が習いに来ていたんだよね。やっぱり女優さんだからうまいですよ、義太夫。こっちは付いていけないんですよ、新聞記者で忙しいでしょう。
そのころ、昔の後楽園の下に、安藤鶴夫が戦後ちっちゃいうちを建てて住んでいて。そこに行くのですが、義太夫の三味線は重いでしょう?
神山 重いですね。
守 それが何か陰気な気分になって、私はもうすぐやめましたよ。
安藤さんは義太夫はうまかった。おやじのを聴いているからね。NHKののど自慢に出たことがありますけどね。
神山 安鶴が?
守 うん。だけど、鐘が二つしか鳴らなかった(笑)。これは、義太夫というのはほんの二~三分やったってよさは分からないんです。
神山 そりゃあそうですね。
守 安鶴と尾崎宏次という記者がいたでしょう?
神山 新劇のね。
守 この人は基本に進歩的な思想を持っていたから、はっきりと理論的に割り切っていくわけ、すべてを。だから、新劇なんかの評には素晴らしい人でした。安藤鶴夫は情緒の方を主に歌舞伎を見ておられましたから、何かずっと感じることがあるらしくて、ああ、いいね、守君なんて言うんですよ。